コラム

グーグル撤退を貿易戦争に発展させるな

2010年03月25日(木)18時14分

 

一歩も譲らず グーグルの撤退発表を受けて中国は報復措置を検討している
(写真は3月23日、封鎖された北京のグーグル中国支社)
Jason Lee-Reuters
 

 インターネット検索の最大手グーグルが中国本土でのネット検索事業から撤退し、香港経由でサービスを提供すると発表してから数日。中国側もグーグル側も一歩も引く気がないことが、日増しに明確になってきた。実際、中国当局はグーグルの無頓着さに対する報復措置も検討しているようだ。

 一方、グーグルは従来からの方針に沿った対応をしているようだ。香港への拠点変更を主導したデービッド・ドラモンド副社長は、アトランシック誌のジェームズ・ファロウズ記者のインタビューに応じ、グーグルに対する中国発のハッカー攻撃が撤退の決断に影響を与えたのかという疑問に明確に答えている。


 中国からのハッカー攻撃では、中国内外にいる人権活動家のGメールアカウントに侵入しようとしたケースが際立って多い。彼らは、侵入を阻止しようとするグーグルのシステムを経由してハッキングを試みた。さらに、中国内外の政治活動家でGメールユーザーである個人への攻撃も別途行われた。一連のハッカー攻撃に政治的な側面がある点が、ほかに例のない特徴だ。

 われわれはその点を不快に感じる。ネット上の検索結果を検閲することも活動家を監視することも、表現の自由を抑圧する全体的なシステムの一部だと思う。われわれから見れば、すべては弾圧計画の一環であり、わが社もその動きに加担しているように感じられた。

(中国からの撤退は)ハッカー攻撃と直接的に関係している。別個の問題ではない。北京オリンピック以降、中国の対応は悪化する一方だ。わが社の中国でのシェアは拡大しているが、現地での事業展開は一段と困難になっていた。検閲については特にそうだ。検閲を強化せざるをえず、圧力も強まった。わが社だけでなく他のネット企業でも同様に、事態は目に見えて悪化した。


■中国が示した強権ネット国家のありよう

 中国のネット事情に詳しい元CNN北京支局長のレベッカ・マッキノンが米議会の公聴会での証言として用意していた以下のコメントも、ドラモンドの説明を裏付けている(マッキノンは当初、公聴会に招致されていたがキャンセルされた)。


 中国はネット時代の新たな権威主義をつくりあげようとしている。非民主的な政府が権力を維持したまま、国内にネットや携帯を普及させる方法を示している。


 ビジネス的な視点での報道もある。ニューヨーク・タイムズ紙は、中国の携帯最大手チャイナ・モバイルやポータルサイトのトム・ドット・コムといったパートナー企業が、急速にグーグルから距離を置こうとしている動きを伝えた(同紙は同じ記事で、グーグルの対応に当惑していると公言する中国寄りの専門家の発言も紹介している。ただし、別の記事ではもう少しバランスの取れた報じ方をしている)。

 中国の指導層は、この対決に敗れたのはグーグルであり、同社の株価がこの数カ月間低迷しているのは、投資家が事態の影響を憂慮したからだと考えているのかもしれない。「IT業界の視点で見れば、グーグルの撤退によって、(中国)内外の競合他社は世界最大のネット人口をもつ市場に参入する余地が広がる」と、チャイナ・デイリー紙は伝えている。「グーグルでポルノサイトや破壊活動のサイトにアクセスできなくなれば、中国のサイバー空間はよりクリーンで平穏な環境を保てるだろう」

 とんだお笑い草だ。一連の騒動は結果的に、グーグルより中国に格段に大きなダメージを与えるだろう。開かれた国に向かっているという中国の主張を台無しにし、潜在的な投資家を遠ざけ、イノベーションと健全な競争を生む貴重な源を奪い去る。

■世界を巻き込む通商戦争勃発も

 ただし、ダメージを受けるのは中国だけではない。米中関係は危険水域に向かっており、アメリカにとっても大きな転機だ。中国政府の為替操作に怒った経済学者のポール・クルーグマンが、中国製品への報復関税を主張した3月14日の時点で、変化はすでに始まっていた。

 リベラル系シンクタンクの経済政策研究所は新たな報告書で、中国の通貨政策が2001〜08年にアメリカ人の雇用240万人分を奪ったと論じている

 非常に疑わしい数字に思えるが、このデータは中国を「為替操作国」に認定するようオバマ政権に圧力をかける格好の材料になるため、多くの政府関係者が飛びつくだろう。そしてグーグル騒動も、そうした流れに巻き込まれると思う。

 恐ろしいのは、通商戦争が勃発し、中国以外の国がそろって負け組みになるシナリオだ。中国からの輸入品の値段が世界中で跳ね上がり、アメリカ人消費者は中国で生産されているiPhoneに高いお金を払わなくてはならなくなる。

 自由貿易を信奉するローレンス・サマーズ経済顧問やティモシー・ガイトナー財務長官をはじめとするオバマ政権の経済担当チームは、こうしたリスクを十分理解しており、落ち着いて対応しているはずだ。しかし、油断は禁物。騒ぎに便乗して策略をめぐらす人間が勝つことはめずらしくないのだから。

──ブレーク・ハウンシェル
[米国東部時間2010年03月23日(火)22時18分更新]

Reprinted with permission from FP Passport,25/3/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3

ビジネス

米雇用なお堅調、景気過熱していないとの確信増す可能

ビジネス

債券・株式に資金流入、暗号資産は6億ドル流出=Bo

ビジネス

米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇用者数
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 5

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 6

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    映画『オッペンハイマー』考察:核をもたらしたのち…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story