コラム

ジンガもフェイスブックも──腐敗する有望IPO企業

2011年11月18日(金)13時57分

 テクノロジー業界にIPO(新規株公開)機運が戻ってきている。今後数ヶ月の間にIPOを計画している新興企業は、フェイスブックやイェルプ(レストランなどの評価サイト)など、いくつも挙げられる。

 それ自体は喜ばしいことだが、今回のIPOの波には何かと不愉快な出来事がつきまとっている。最近の例はジンガ(Zynga)だ。

 ジンガは、フェイスブックのサイト上でユーザー同士が参加できるゲームを開発した会社。いろいろな器具を揃えて農業を営む『ファームヴィル』や、ギャング間の闘いをまねた『マフィア・ウォーズ』などのゲームは有名だ。

 2007年に創設された同社は今秋のIPOがうわさされており、その人気に鑑みると大型IPOになるものとみられる。現在の評価額は200億ドル近くにも達している。

 だが、同社はこの期に及んで何人かの社員に対し「クビになりたくなければ、株の一部を返上しろ」と脅迫している。「その株の分だけの働きをしていない」というのが言い分だ。実力主義の会社で、能力も働きもない人間が報酬を受けるべきではないというわけだ。

 能力主義の部分にはなるほどとうなずきたくもなる。だが、ここに見え隠れするのは、IPOを目前に「欲」に走る姿だ。

 そもそもシリコンバレーの新興企業は、アイデアと技術だけを頼りに起業して、その数年後に大きく成功するというストーリーで知られている。日本のように社長が自宅を担保に入れたりしなくても創業資金が調達できるのは、ベンチャーキャピタル会社がリスクをとって資金を提供してくれるおかげということになっている。

 だが、それと並行して、少ない給料でも懸命に働いてくれる社員の存在も大きい。彼らは、その成功を信じて同じ船に乗る。現金での給料は少ないが、未公開株をもらうことで、成功した暁には大きく報われるという図だ。

 だが、ジンガのように急速に拡大すると、若いエンジニアだけでなく、大企業で重役としての経験を積んだ高給の人材を引っ張ってこなくてはならなくなる。何となく大成功が見えているので、彼らもやってくるのはやぶさかではないが、その時に欲しいのは大きな株の分け前だ。

 そうして株を分け与えるうちに、同社は先に付与した分の株が惜しくなってきたのだろう。本来ならば、株の発行数自体を増やして皆の手に渡るようにもできるのだが、それでは1株当たりの価値が希釈化してしまう。価値を保ったままそうするには、やっぱり返してもらおうということになったのだろう。

 これは明らかに、社員と結んだ雇用契約の違反である。ここで社員に約束された株は、成功しなければただの紙切れだ。彼らは、そんなリスクをとってもジンガの運命に賭けてやってきたのだ。しかも彼らを雇ったのはジンガ自身。働きが悪いのならば、本当にクビにするか、自分たちの判断力を疑うべきところだろう。

 だが、専門家によると、この手の動きは最近増えているという。来年超大型IPOが予想されるフェイスブックの場合もそうだが、IPOでの成功がほぼ確実視されるようになると、見苦しい動きが多くなる。フェイスブックの場合は、当初は投資していなかったベンチャーキャピタル会社が、近年こぞって同社の投資者リストに潜り込んでいる。

 シリコンバレーでは、リスクと努力と報酬という要素が三角形のようにがっちりと結びついて大きな産業が起こってきた。ところが近年は、その報酬の部分だけが一人歩きしている。そんな中で、新興企業がまるで金融商品の一種のように見えることがある。                  

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

ニュース速報

ワールド

イタリア中部地震で最低120人死亡 住民ら下敷き、

ビジネス

米7月中古住宅販売3.2%減、予想を超える落ち込み

ビジネス

財務省、国債利払いの積算金利0.4%引き下げ=17

ビジネス

インタビュー:-ドイツ各行の預金手数料検討に理解=

MAGAZINE

特集:世界が期待するTOKYO

2016-8・30号(8/23発売)

リオ五輪の熱狂は4年後の東京大会へ── 世界は2020年のTOKYOに何を期待するのか

人気ランキング

  • 1

    フィリピンのドゥテルテ大統領が国連脱退・中国と新国際組織結成を示唆

  • 2

    イタリア中部地震で37人死亡、市長「生き物の気配がしない」

  • 3

    オリンピック最大の敗者は開催都市

  • 4

    イタリア中部M6.2の地震で少なくとも6人死亡、建物損壊で住民が下敷きに

  • 5

    海保の精神は「正義仁愛」――タジタジの中国政府

  • 6

    氷河を堰き止めている棚氷が崩壊の危機

  • 7

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 8

    実情と乖離した日本の「共産主義礼賛」中国研究の破綻

  • 9

    自衛隊、安保法制に基づく駆け付け警護など「集団的自衛権」の訓練開始

  • 10

    テスラ、大容量充電池を発表 世界最高の加速力と航続距離500kmを実現

  • 1

    フィリピンのドゥテルテ大統領が国連脱退・中国と新国際組織結成を示唆

  • 2

    海保の精神は「正義仁愛」――タジタジの中国政府

  • 3

    競泳金メダリストの強盗被害は器物損壊をごまかす狂言だった

  • 4

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 5

    リオ五輪、英国のメダルラッシュが炙りだしたエリートスポーツの光と影

  • 6

    オリンピック最大の敗者は開催都市

  • 7

    「ドーピング」に首まで浸かった中国という国家

  • 8

    リオ五輪でプロポーズが大流行 「ロマンチック」か「女性蔑視」か

  • 9

    希望のない最小の島国ナウルの全人口をオーストラリアに移住させる計画はなぜ頓挫したか

  • 10

    中国を捨てて、いざ「イスラム国」へ

  • 1

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 2

    中国衝撃、尖閣漁船衝突

  • 3

    戦死したイスラム系米兵の両親が、トランプに突きつけた「アメリカの本質」

  • 4

    日銀は死んだ

  • 5

    【原爆投下】トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味(前編)

  • 6

    トランプには「吐き気がする」──オランド仏大統領

  • 7

    イチロー3000本安打がアメリカで絶賛される理由

  • 8

    フィリピンのドゥテルテ大統領が国連脱退・中国と新国際組織結成を示唆

  • 9

    海保の精神は「正義仁愛」――タジタジの中国政府

  • 10

    競泳金メダリストの強盗被害は器物損壊をごまかす狂言だった

 日本再発見 「世界で支持される日本式サービス」
 日本再発見 「世界で支持される日本式サービス」
Newsweek特別試写会2016初秋「ハドソン川の奇跡
アンケート調査
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

コラム

パックン(パトリック・ハーラン)

芸人も真っ青? 冗談だらけのトランプ劇場

小幡 績

日銀は死んだ