コラム

9-11から10年:世代交替で見落とされてはいけないもの

2011年09月10日(土)21時32分

 10年という節目に、何か科学的な根拠があるわけではない。

 とはいえ大学一年生と話していると、10年前にはまだ小学校低学年で、10年前の9月11日に起きた「たいへんなこと」にはさほど衝撃を受けなかった、と聞くと、こちらが衝撃をうける。むしろ「親が動揺してた」という彼らの記憶は、まさに「9-11から10年」という今を考える上で、世代交替が鍵となることを示している。

 9-11事件の直接の引き金と、その後の国際政治の中心的シンボルが「ビン・ラーディン」だとすれば、それが象徴するものは今年前半の「アラブの春」の登場によって舞台から去った。私自身、以前のコラムや拙著でも書いたが、東京新聞記者の田原牧氏が最新出版した「中東民衆革命の真実」(集英社新書)は、そのあたりを見事に表現していて、大喝采だ。

 つまり、9-11によって国際政治の主役に躍り出たアルカーイダとネオコンは「大衆を信じない前衛を自負」して「大きな物語を抱いていた」が、「稚拙な情勢の読み間違い」や民衆の「流血の痛み」によって、「大きな物語」は霞んでいく。彼らが舞台から去り、代わりに「アラブの春」で登場したのは、チャラけた「アナーキーな楽天主義者」の坊ちゃん嬢ちゃんたち。しかし、彼らが掲げたのは「別の物語ではなく、倫理という普遍的な価値」だった。それが、対テロ戦争の時代から日常世界の政治に世界を引き戻したのである。

 日常世界の政治に戻る、ということは、大国相手に蟷螂の斧振り立てる輩が減った、ということだ。アラブ諸国ではそれは自国の政権、社会に向いた。だが、先進国では最近、「日常のなかの敵」を探し出して攻撃する、という流れが見られる。7月にノルウェーで起きた極右の反イスラーム移民主義者の銃乱射事件がその象徴だ。

 ヨーロッパの保守右傾化、非寛容傾向は、ここ数年強まっている。それぞれの国の社会経済的な問題が背景にあるが、それが消えたはずの大きな物語、「文明の衝突」と繋がるかもしれないのが、ムスリム(イスラーム教徒)移民社会の存在である。中東に派兵して戦争をする「対テロ戦争」時代から、内なる敵への排外主義の時代に変化しつつある。

 そう考えると、9-11とその後の「対テロ戦争」が抱えた問題は、実は変わっていない。9-11後の10年間、派手なボスキャラが空中戦を繰り返してきたおかげで、逆に、なぜ9-11が起きたのか、それが何故世界中に「文明の衝突」的な価値観を蔓延することになったのか、きちんと解明されないまま、見過ごされてしまった。

 そう、主人公が交替したことで安心してはいけない。9-11とは何か。改めて、総合的な分析が必要ではないか。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

ニュース速報

ワールド

バルセロナ車突入で13人死亡報道、テロの見方

ビジネス

ECB理事会が過度のユーロ高懸念、早計な指針変更回

ワールド

米中は経済戦争、北朝鮮巡り軍事的解決ない─バノン氏

ワールド

米韓合同軍事演習は予定通り実施、脅威に対応=米軍制

MAGAZINE

特集:2050 日本の未来予想図

2017-8・15号(8/ 8発売)

国民の40%が65歳以上の高齢者になる2050年のニッポン。迫り来る「人口大減少」はこの国の姿をどう変える?

※次号8/29号は8/22(火)発売となります。

グローバル人材を目指す

人気ランキング

  • 1

    イルカの赤ちゃん、興奮した人間たちの自撮りでショック死

  • 2

    北の譲歩は中国の中朝軍事同盟に関する威嚇が原因

  • 3

    「ゴースト」「ドイツの椅子」......ISISが好んだ7種の拷問

  • 4

    ISIS戦闘員を虐殺する「死の天使」

  • 5

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 6

    米軍に解放されたISの人質が味わった地獄

  • 7

    「ディーゼル神話」崩壊、ドイツがEVへ急転換、一方…

  • 8

    垂れ耳猫のスコフォがこの世から消える!? 動物愛…

  • 9

    シャチがホホジロザメを餌にし始めた

  • 10

    北朝鮮の核危機、「仲介役」としてスウェーデンが浮上

  • 1

    米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった

  • 2

    自分に「三人称」で語りかけるだけ! 効果的な感情コントロール法

  • 3

    軍入隊希望が殺到? 金正恩「核の脅し」の過剰演出がバレてきた

  • 4

    北の譲歩は中国の中朝軍事同盟に関する威嚇が原因

  • 5

    英グラビアモデルを誘拐した闇の犯罪集団「ブラック…

  • 6

    北朝鮮、グアム攻撃計画8月中旬までに策定 島根・広…

  • 7

    トランプ「軍事解決の準備完全」、北朝鮮「核戦争の…

  • 8

    北朝鮮巡る軍事衝突のリスク非常に高い、ロシアは回…

  • 9

    こんな人は、モン・サン=ミシェルに行ってはいけない

  • 10

    イルカの赤ちゃん、興奮した人間たちの自撮りでショ…

  • 1

    マライア・キャリー、激太り120キロでも気にしない!?

  • 2

    トランプに「英語を話さない」と言われた昭恵夫人、米でヒーローに

  • 3

    日本の先進国陥落は間近、人口減少を前に成功体験を捨てよ

  • 4

    ロシアが北朝鮮の核を恐れない理由

  • 5

    北朝鮮、グアム攻撃計画8月中旬までに策定 島根・広…

  • 6

    エリザベス女王91歳の式典 主役の座を奪ったのはあ…

  • 7

    自分に「三人称」で語りかけるだけ! 効果的な感情コ…

  • 8

    米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしま…

  • 9

    軍入隊希望が殺到? 金正恩「核の脅し」の過剰演出…

  • 10

    対北朝鮮「戦争」までのタイムテーブル 時間ととも…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

全く新しい政治塾開講。あなたも、政治しちゃおう。
日本再発見 シーズン2
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 別冊

0歳からの教育 知育諞

絶賛発売中!