コラム

ジャスミンと杉の耐久性:アラブの民衆革命は広がるのか

2011年01月27日(木)10時42分

 チュニジアで起きた「アラブ初の民衆革命」は、発生から10日を経て、そのインパクトは他のアラブ諸国に広がり続けている。「民衆の手で強権政治を倒す」ことが可能なのだ、というチュニジアの先例が、反体制活動の精神的支えとなって、各国で抗議活動を激化させている。チュニジア同様、失業や経済的困窮に対する不満を抱えている隣国アルジェリアでは、チュニジアの暴動にほぼ並行してデモや抗議の焼身自殺などが繰り広げられてきた。

 最近ではエジプトで、1月25日を「怒りの日」としてカイロ、アレキサンドリアなどの大都市で数万人規模の反政府デモが組織され、三人の死者が出た。エジプトは昨年の議会選挙で野党が大きく後退、政府の選挙操作に反発が広がっていたところだ。

 影響は北アフリカにとどまらない。ヨルダンでは21日に5000人規模のデモが行われ、食料価格高騰や政府の腐敗に反対の声が挙げられた。慌てた政府は、自国の貧困地域を視察して回ったり、急遽主要な生活物資の価格引き上げを決めている。イエメンでも学生を中心に抗議行動が繰り返され、「大統領は出て行け」と声があげられた。いずれも、右から左まで、広範な市民が大衆運動に立ち上がったという点で、チュニジア型民衆革命の波及効果は甚大である。具体的な行動に出なくとも、野党勢力が自国の強健体制を批判するのにチュニジアの「ジャスミン革命」を参照する例は、中東全土で枚挙に暇がない。

 なかでも意気軒昂なのが、イスラーム勢力である。前回のコラムでも触れたが、過去四半世紀、民衆を動員して運動を展開するのはイスラーム運動と相場が決まっていた。チュニジア革命の立役者にはさまざまな派があれど、同様に強権的な政府と衝突している他国のイスラーム勢力としては、チュニジアの例を自分たちが目指す「革命」に引き付けて利用したい。ベンアリ大統領辞任の報が流れてすぐ、パレスチナのイスラーム勢力、ハマースは、政権転覆を「インティファーダ」と呼んで賞賛した。ベンアリの独裁を、世俗派のライバルで長期に指導的地位に座り続けるファタハ・PLOに見立てての、表現である。レバノンのヒズブッラーもまた、チュニジア人民への祝意を表明した。

 ところで、そのレバノンが今大変なことになっている。前々回のコラムで、レバノンが一触即発状態だったと書いたが、チュニジアより2日早く、政権が崩壊した。2005年ハリーリ首相暗殺事件に関する国際特別法廷による訴追が予定されているなかで、その結果を危惧したヒズブッラーが、連立政権から離脱したからだ。現在新たな組閣を巡り、各派間の調整が続けられているが、ヒズブッラーは自勢力からの首相擁立を主張し、政治勢力間の武力衝突の再燃が懸念されている。

 6年前のハリーリ暗殺後、事件の背後にあるといわれたシリアに反発し、宗派を超えた広範な市民運動が展開された。結果、30年にわたりレバノンに駐留していたシリア軍の撤退に成功したことから、この市民運動はレバノン杉を捩って、「杉革命」と呼ばれている。
その「杉革命」の成果が、風前の灯なのだ。杉が倒れてジャスミンが花開くのか。どうも植物の名前の革命は、枯れることを想定しているようで、せつない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=急落、ダウ251ドル安 米銀大手トッ

ビジネス

NY外為市場=ドル、対ユーロで4カ月ぶり高値 米の

ワールド

米大統領、食料支援「政府再開までない」 人権団体は

ワールド

米IBM、第4四半期に人員削減 数千人規模の可能性
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 10
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story