コラム

ダコタ・ファニングが家出娘の悩殺爆弾 蘇るランナウェイズ

2010年03月24日(水)18時47分

『ザ・ランナウェイズ』公式サイト


 ハロー、ダディ、ハロー、マム

 私はチチチチチ、チェリー・ボム!

 1977年、ザ・ランナウェイズが日本にやって来てNHKの『レッツゴーヤング』に出演した。チェリー・カーリーは下着姿で股をガバっとガニマタに開いて腰をグラインドさせたがNHKはロングショットでしか写さなかった。翌日月曜日に学校に行くと男子生徒たちは「昨日ランナウェイズ見た? すげえ小っちぇえパンツ!」と盛り上がり、女子は「男子って嫌ねえ」と眉をひそめていた。

 しかしチェリー・カーリーが書いた自伝『ネオン・エンジェル』によると、来日したランナウェイズに殺到したファンは女子中学生や高校生ばかりだったという。制服向上委員会など存在しない時代のモッサい制服の胸の奥で日本の処女たちはアメリカから来た家出娘たちに憧れ、鏡の前で舌出して中指立てたりしていたのだ。

 さて、その『ネオン・エンジェル』が『ザ・ランナウェイズ』のタイトルで映画化された。ジェイルベイト(刑務所のエサ。うっかり淫行しそうになるエロい未成年女子のこと)の極みのようなチェリー・カーリーを演じるはなんとダコタ・ファニング! 「ダコタん」もとっくに15歳で、チェリーがデビューした頃と同い歳なのだが、下着姿で踊るだけじゃなく、トイレでローディと立ち×××し、ハッパ、コカイン、睡眠薬とあらゆるクスリをやりまくる、まさにセックス&ドラッグ&ロックンロールな演技には『アイアム・サム』のいたいけな娘に泣いた人たちはショックだろう。

 ランナウェイズのリーダー、ジョーン・ジェットは『トワイライト』で大人気の幸薄系美少女クリステン・スチュワート。映画はジョーンがライダーズの革ジャンを買おうとして「これは女の着るもんじゃない」と断られるところから始まる。当時はまだロックンロールを演奏するのは男。女はグルーピーと決まっていた。ジョーンは当時貴重な女性ロッカーだったスージー・クワトロに憧れ、女だけのバンドを作ろうとする。

 その話に乗ったのはキム・フォウリーという音楽プロデューサーだった。フォウリーは彼のことを描いた『サンセットストリップの市長』というドキュメンタリー映画があるほど強烈な人物。演じるのはマイケル・シャノン。『レボリューショナリー・ロード』で「本当のことしか言えない病気」の男を演じて、ほんの数分しか出番がないのに映画をさらってしまったシャノンはここでも始終ハイテンションで「お前たちをロックスターにしてやるぜー!」と絶叫する。

 ガールズ・バンドを売り出すコンセプトを探していたフォウリーはバイクにまたがったブリジット・バルドーの写真を見て「これだ! セックスだ!」とひらめき、チェリー・カーリーをリードボーカルにスカウトする。しかしチェリーにロック魂はなかった。不幸な家庭環境から抜け出したいと思っただけだったのだ。それが結果的に解散に結びついていく。

 原作がチェリー・カーリーの自伝なので、主に彼女の視点で描かれているが、この映画の本当のヒーローはジョーン・ジェットだ。バンドが空中分解し、何もかも失った彼女に残ったのはロックンロールへの愛だけだった。その思いをストレートにぶつけた「アイ・ラブ・ロックンロール」は大ヒットし、永遠のロックのアンセムになった。実はジョーン・ジェットはこの映画のエグゼクティヴ・プロデューサーでもある。ということは、ジョーンが「タチ」としてチェリーとレズビアン・セックスする場面は事実なのだろう。

 チェリー・カーリーはバンドを辞めた後、女優を目指したが、『トワイライトゾーン超次元の体験』(83年)で超能力を持つ弟に口を奪われてしまった姉という悲惨な役以外に目ぼしい仕事はない。

 今週号の『ピープル』誌はランナウェイズのメンバーの現在を追っている。チェリー・カーリーはチェーンソーで丸太を削る彫刻家をやっているとのことだが、あまりに老けこんでいて往年の面影はない。ジョーン・ジェットとリード・ギターのリタ・フォードは今もロッカーとして活躍している。ロックし続けている2人の容貌は昔とそれほど変わらない。ジョーンの「バッド・レピュテーション」は今もアメリカのティーンたちに歌い継がれている。

 評判なんて気にしない

 あんたらは過去の遺物

 世代は変わったのよ

 女の子はやりたいことをやっていいの

 あたしもやるわよ

プロフィール

町山智浩

カリフォルニア州バークレー在住。コラムニスト・映画評論家。1962年東京生まれ。主な著書に『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』(文芸春秋)など。TBSラジオ『キラ☆キラ』(毎週金曜午後3時)、TOKYO MXテレビ『松嶋×町山 未公開映画を観るテレビ』(毎週日曜午後11時)に出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下

ワールド

米大統領とヨルダン国王が電話会談、ガザ停戦と人質解

ワールド

ウクライナ軍、ロシア占領下クリミアの航空基地にミサ
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 7
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 8
    もろ直撃...巨大クジラがボートに激突し、転覆させる…
  • 9
    日本人は「アップデート」されたのか?...ジョージア…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 6
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story