コラム

「正しく恐れる」ことのむずかしさ

2011年04月05日(火)16時06分

 東京電力福島第一原子力発電所の事故は、依然状況が深刻であるにもかかわらず、テレビでの報道時間が減少しつつあります。NHKニュースの視聴率も事故直後より低くなっています。まあ、平常時の数字に戻ったということなのでしょう。視聴者の側にも疲れが見えます。

 こういう事故が起きると、人は、自分の考えを補強する情報ばかり欲しがる傾向になるのだなと思います。放射能や放射線が恐い人は、今回の事故がいかに危険かという情報ばかりを集めて読みたくなるのでしょう。放射線が人体にどれだけ危険か、その情報を見て得心すると、テレビで「直ちに健康に影響が出るレベルではない」と伝えられても安心できません。むしろ、「政府やマスコミは危険なデータを隠しているのではないか」と疑心暗鬼に駆られてしまいます。不安の悪循環です。

 一方、楽観視している人は、私たちが自然界で日常から放射線を被曝していることなど安心情報を求めます。成田~ニューヨーク間の航空機に搭乗することでどれだけ被曝するか、今回初めて知った人も多いのではないでしょうか。

 今回の事故の報道内容を見ていくと、「本当に恐れなければならないこと」と、「それほど心配のいらないこと」が、一緒くたにされているきらいがあります。その2つをしっかり分けて理解すること。この大切さを痛感します。「正しく恐れる」ことが必要なのです。

 その点、本誌日本版4月6日号の「日本を惑わす基準値パニック」は、私たちが何を恐れなくてはならないか、冷静な視点を提供してくれています。

 しかし、テレビに出る専門家は、むずかしい専門用語を乱発。聞き手のキャスターも理解できず、何を質問していいのかわからないまま。その結果、一般視聴者が、不安に取り残されてしまいます。

 と思っていたら、不安に怯えるのは海外メディアの記者やキャスターも同じだったのですね。同じ号の「そのとき、記者は...逃げた」の記事は秀逸でした。「世界で最も名を知られた大手経済紙の記者」が「敵前逃亡」したり、私が敬愛していたCNNキャスターのアンダーソン・クーパーが、仙台からの中継中に取り乱したり。なんだ、海外の大手メディアの連中も、たいしたことないのね、と認識されられます。

 よく「日本のメディアはお粗末だが、その点、海外(アメリカ)のメディアはしっかりしている」という類の言説を聞きますが、それは、実情を知らなかっただけなのかも知れません。

 日本のメディアの取材を受けてみて、メディアのお粗末さを知ったという経験をした人もいると思いますが、今回私たちは、海外メディアの報道の対象となったことで、その実態を垣間見てしまったのではないでしょうか。

 遠くから見ると美しく整っているけれど、近くで見ると穴だらけ、というのは月だけではないのですね。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

見通し実現なら経済・物価の改善に応じ利上げと日銀総

ワールド

ハリス氏が退任後初の大規模演説、「人為的な経済危機

ビジネス

日経平均は6日続伸、日銀決定会合後の円安を好感

ワールド

韓国最高裁、李在明氏の無罪判決破棄 大統領選出馬資
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    フラワームーン、みずがめ座η流星群、数々の惑星...2…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 10
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story