コラム

アメリカにとって「ケネディ」は別格の存在

2009年09月09日(水)12時00分

 民主党の鳩山由紀夫代表のことを「日本のケネディ」と評した外国のメディアがあります。これには日本国内で疑問の声も上がったのですが、おそらく「政治家を代々輩出している大金持ちの一族」の一員という意味で使ったのでしょう。

アメリカ人にとって、本物の「ケネディ」という名前は、やはり特別な響きを持ちます。本誌日本版の9月9日号の表紙はニュースがわかる世界の新常識」と謳っていますが、本誌(英語版)9月7日号の表紙は、「テディ」と呼ばれて愛された若き日のエドワード・ケネディの顔です。晩年のテディを見慣れた目から見ると、若きテディが、ジョンやロバートとそっくりの顔だったことに、改めて驚かされます。

本誌(英語版)では、ゆかりの人々の寄稿文がいくつも掲載されていますが、日本版は、2本の原稿だけ。ここに日米の(ジャーナリズムの)関心の度合いの差が出ています。

エドワード・ケネディが死の床に就いた後、「ニューズウィーク」編集部は、当然のことながら「死亡予定稿」を用意したことでしょう。そこに、何を書くべきか。蓋棺録(がいかんろく)は、書く人の力量が一段と問われます。

本誌ワシントン支局のエバン・トーマス記者は、「思慮の浅い金持ち息子。エドワード・ケネディは時に、その言葉どおりの男に見えた」と書き出しています。アメリカに愛された人物を追悼する記事の書き出しとしては、思い切った表現です。

 とはいえ、すぐに、こうも付け加えます。「その一方で、上院議員としてのエドワードは過去半世紀間、おそらく他のどの議員よりも貧しい者や虐げられた者に心を配った」と。

 そう、エドワード・ケネディは、いや、「ケネディ」一家は、ひとつの形容詞で形容しきれない存在なのです。トーマス記者は、こうも書きます。「エドワードの物語は」「罪と償い、勝利と悲劇の物語だ」と。

 ずば抜けて優秀な2人の兄の下で、ハーバード大学に入学したものの、1年生のときのスペイン語の試験でカンニングが発覚して2年間の停学処分。父はエドワードに、「おまえはカンニングができるほど賢くはない」と告げます。

 陸軍に入ったものの、父親の影響力のおかげで朝鮮戦争に送られることなく、パリのNATO最高司令部(当時)に送られます。

 ここまでは、なんだかジョージ・W・ブッシュ(息子)を彷彿させるような人生でした。

 しかし、兄ロバート・ケネディが暗殺された翌年、女性運動員を同乗させた車が海に転落。本人は、女性を助けることなく脱出し、警察に通報したのは9時間後というスキャンダルを引き起こします。

 かくして、2人の兄とは異なり、大統領選挙への道を閉ざされてからは、「ケネディ」家の一員としての名声を確保する政治的行動をとることになります。

 アメリカ国民にとっての「王室」のような「ケネディ」家。その一員の光と影は、人間ドラマに彩られるばかりでなく、記事を書く記者の見識と筆力をも問うものになっています。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=主要3指数最高値、ハイテク株が高い 

ワールド

トランプ氏、職員解雇やプロジェクト削減を警告 政府

ビジネス

9月の米雇用、民間データで停滞示唆 FRBは利下げ

ビジネス

NY外為市場=ドルが対ユーロ・円で上昇、政府閉鎖の
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    AI就職氷河期が米Z世代を直撃している
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    琥珀に閉じ込められた「昆虫の化石」を大量発見...1…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story