コラム

NOTTVが大赤字でもドコモは困らない

2013年06月25日(火)19時56分

 6月24日にNOTTVという携帯端末用放送の「100万台突破」の記念放送が行われた。この放送が行われているのは、2011年に全国民が使っていた電波を強制的に止めた「跡地」である。1億台以上のテレビを粗大ゴミにしたのだから、よほど重要な新しい使い道があったのだろう――と思いきや、いまだにその電波のほとんどは使われていないのだ。

キャプチャ.JPG

 上の図の90~108MHzはNHKが、170~222MHzは民放が使っていたのだが、2011年7月24日をもって電波が止まった。ところがその「跡地利用」をめぐって総務省の方針が決まらず、205~222MHzまでの周波数帯が「マルチメディア放送」として携帯端末向けの放送に割り当てられた。ここには当初、60社以上の申請があったが、最終的には総務省の「一本化工作」で民放連とNTTドコモの方式が採用される方向になった。

 ところがアメリカのクアルコム社が最後まで一本化に抵抗し、KDDIを引っ張り込んでこの帯域を取ろうと争った。ちょうど民主党政権になったときだったので、政権からは「周波数オークションで決めろ」という声もあったが、総務省はオークションに反対した。それはこの帯域をドコモのグループに割り当てる密約ができていたからだ。

 この話には、複雑な事情がある。2007年に2.5GHz帯の割り当て(美人投票)が行なわれたとき、4グループの中で、なぜかドコモのグループが落選し、ウィルコムが当選した。その理由は「財務的基盤が強固」な点でドコモよりすぐれているということだったが、ほどなくウィルコムの経営は破綻してカーライル・グループに買収され、さらに経営が行き詰まってソフトバンクに買収された。

 このときドコモが落とされる代わりに、VHF帯を与えるというのが総務省との取引だった。これは民放連だけでは全国に携帯端末用の基地局を建てることができないため、通信業者の協力が必要だったのだという。しかしVHF帯は大きなアンテナが必要で、普通の携帯電話では受信できず、送信はまったくできないので「放送」にしか使えない。ドコモの現場は反対したが、当時の中村社長はこの取引を飲んだ。

 それはVHF帯から外資(クアルコム)を排除したい総務省を助けることで、700MHz帯の周波数を割り当ててもらうためだったという。VHF帯の放送で採算が取れる見通しは最初からなかったが、ここで総務省に義理を果たすことで、第4世代に必要な700MHz帯(時価2000億円以上)をタダで割り当ててもらえるからだ。

 それでもクアルコム=KDDI組は最後まで粘り、議員会館で公聴会まで開かれた。そのとき総務省情報流通行政局の大橋秀行総務課長は「審議会に対して諮問し答申をいただきますけれども、これは要するに評価は私どもの方でいたします」と、審議会のが形だけのものであることを正直に告白した。

 彼のいう通り電監審は即日答申で、ドコモ=民放連グループのmmbiに免許を出したが、問題はそこからだった。このマルチメディア放送には13のチャンネルがあり、それを使う委託放送業者の放送料で経営を成り立たせる予定だったが、まったく申し込みがない。結局、mmbiが自分で13チャンネルを使うことになった。13部屋の賃貸マンションを売り出したら、誰も借りなくて大家が全部借りたようなものだ。

 これが今のNOTTVである。決算報告によれば今年3月期の売り上げは11億4000万円で、216億円の赤字だ。料金は月420円だから、料金を払っているのは20万人余りだろう。当初の事業計画では「1000万台が損益分岐点で5000万台をめざす」とのことだったが、スマートフォンで無料の動画が見られる時代に、この事業計画が実現する可能性はない。

 そこでドコモは今年の夏の新機種ではNOTTVをすべての機種に搭載し、抱き合わせ販売することになった。それでも設備投資だけで438億円のNOTTVが黒字になる見通しはないが、ドコモとしては外資を締め出す代わりに700MHz帯をもらうという目的は果たしたので、赤字でもいいのだ。

 さらにひどいのは上の図の90~108MHzで、まだ免許人も決まらない。170~205MHzは「公共マルチメディア」ということになっているが、何に使うのかも決まっていない。要するに、全国のテレビ電波を無理やり止めて空けたアナログ放送の「跡地」は、ほとんどがら空きなのだ。

 これは役所が電波を社会主義的に割り当てるからだ。周波数をオークションにかければ、必要な業者が落札して黒字になるように努力するだろう。ところがここに新しいテレビ局ができては困る民放連が有効利用を妨害するので、全国のテレビを止めた電波の「跡地」は、誰にも使われないまま放置されている。VHF帯の電波の時価は、6000億円以上と推定される。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、グリーンランド巡る対欧関税撤回 「NA

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長候補者絞り込み 決定間近

ワールド

トランプ氏、次期FRB議長候補者絞り込み 決定間近

ワールド

トランプ氏、全米行脚へ 中間選挙に向け有権者との対
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」の写真がSNSで話題に、見分け方「ABCDEルール」とは?
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の核開発にらみ軍事戦略を強化
  • 4
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 5
    飛行機よりラク? ソウル〜釜山「110分」へ――韓国が…
  • 6
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 7
    【総選挙予測:自民は圧勝せず】立憲・公明連合は投…
  • 8
    「怖すぎる...」モルディブで凶暴な魚の群れに「襲撃…
  • 9
    宇宙人の存在「開示」がもたらす金融黙示録──英中銀…
  • 10
    サーモンとマグロは要注意...輸入魚に潜む「永遠の化…
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 10
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story