コラム

若者を食い物にする「老人支配」が日本経済を衰退させる

2010年07月08日(木)17時22分

 参院選の投票日が近づくにつれて、どの政党も公約にうたっていない政策が注目を集め始めた。私のブログで今月、最大のアクセスを集めたのは、2月の「老人支配の構造」という記事だった。リンクの元をたどると、Yahoo!の参院選特集の「世代間格差」というページからだった。

 その記事でも紹介したように、経済財政白書によれば、図のように60代以上は生涯で5700万円の受益超過(税・年金)だが、20代は1300万円の負担超過である。このように大きな世代間格差が発生する国は、世界に類をみない。これは自民党政権が、彼らの支持基盤である高齢者の既得権を尊重し、年金給付額を下げないで保険料を上げてきたためだ。


 ひところ「小泉改革で格差が拡大した」といった嘘が流布されたが、かりに拡大したとしても、能力に応じて所得の差がつくのは当然だ。働いても働かなくても同じ賃金をもらうほうが、よほど不公平である。しかし世代間格差は労働や能力に関係なく、税や年金のような移転給付によって政府が作り出しているものだ。

 それに対して「今の老人は戦後の貧しい時期に一生懸命働いた。若い世代は、その財産を相続するのだから、所得の少ない老人を助けるのは当然だ」という反論がある。たしかに所得をみると、年金しかない高齢者は少ない。しかし約1400兆円の個人金融資産のうち、1000兆円余りが60歳以上に保有され、しかも彼らの貯蓄は年とともに増える。つまり資産ベースでみると、年金は貧しい若者から豊かな高齢者への逆所得分配になっているのだ。

 このように高齢者に富が集中していることが、日本経済の停滞の大きな原因である。金融資産の半分以上が預貯金になっているという異常な資産構成も、リスク回避的な高齢者がその2/3をもっていることが大きな原因だ。しかも相続人の平均年齢は67歳という「老々相続」になっているので、相続による世代間の所得再分配の機能も弱い。この問題は、2012年に団塊世代が引退したあとは、さらに顕著になるだろう。

 ところが、どの政党もこの世代間格差の問題をマニフェストで取り上げていない。それは高齢者の投票率が高く、彼らにとってもっとも重要な有権者だからである。「増税は無駄をなくしてから」という政治家は、課税の延期が世代間格差を拡大することを忘れている(あるいは隠している)。

 菅首相も、消費税の増税が反発を受けて支持率が下がると、所得税の累進課税を強化するなどと言い始めたが、これは間違いである。所得税は労働所得に課税されるので、年金生活者はほとんど負担しない。消費税の増税は、世代間の不公平を是正するために必要なのだ。それなのに消費税の逆進性ばかり議論され、首相が戻し税に言及するのは、本末転倒である。

 さらに深刻な問題は、企業の中で年功賃金という形で世代間格差が再生産されていることだ。しかも民主党政権は、派遣労働の禁止などによって若い世代を労働市場から排除する政策を打ち出し、この格差を拡大しようとしている。最近の若者は、中高年になったら仕事は楽になって給料は上がり続け、政府や会社が老後の面倒を見てくれるといった人生設計を信じていない。年金会計は500兆円以上の債務超過になっており、年金が本当にもらえるかどうかもわからないからだ。

 このような不安を若い世代が意識すると、彼らは年金を当てにしないで貯蓄するだろう。つまり所得移転を受ける高齢者が消費しないばかりでなく、所得移転の被害者である若者の消費も減退する。これが現在の不況の構造的な要因で、これは今後もさらに悪化するおそれが強い。

 高齢化というのは、数十年にわたって続く大きな波であり、これを政策によって是正することは容易ではないが、少なくともその悪影響を強める政策はやめるべきだ。現在の不公平な年金制度を改め、退職一時金への非課税制度をやめ、負担と給付が世代によらず均等化する社会保障制度をつくる必要がある。消費税の引き上げは、その第一歩に過ぎない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

ニュース速報

ビジネス

自動走行やドローン、技術革新が阻害されない環境整備

ワールド

金正男氏殺害、死因なお特定できず=マレーシア当局

ワールド

ロヒンギャ問題の平和的解決を、バングラデシュ外相が

ワールド

豪メルボルンで小型機が商業施設に墜落、5人死亡

MAGAZINE

特集:北朝鮮 暗殺の地政学

2017-2・28号(2/21発売)

異国の地マレーシアで殺害された金正男──。その死の背景には北朝鮮をめぐる地政学の変化があった

人気ランキング

  • 1

    金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材

  • 2

    金正男暗殺事件、マレーシア首相が北朝鮮を暗に批判 対立が鮮明に

  • 3

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 4

    日本が危ない!? 福島原発の放射能フェイクニュース…

  • 5

    金正男暗殺は10名が関与、4人は国外へ 現地警察が初…

  • 6

    海上自衛隊、18年度から4年間で新型護衛艦8隻建造へ

  • 7

    金正男の暗殺事件で北朝鮮の男を逮捕 謎の男の正体…

  • 8

    今さら聞けない、円高になると日経平均が下がる理由

  • 9

    金正男氏を「暗殺者に売った」のは誰か

  • 10

    トランプ「メディアは国民の敵」、独裁につながる=…

  • 1

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 2

    金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材

  • 3

    金正男クアラルンプール暗殺 北朝鮮は5年前から機会を狙っていた

  • 4

    北朝鮮独裁者、「身内殺し」の系譜

  • 5

    金正男の暗殺事件で北朝鮮の男を逮捕 謎の男の正体…

  • 6

    「線路立ち入りで書類送検」が他人事でなくなる侵入…

  • 7

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 8

    海上自衛隊、18年度から4年間で新型護衛艦8隻建造へ

  • 9

    一般市民まで脅し合う、不信に満ちた中国の脅迫社会

  • 10

    南シナ海、米中戦争を起こさず中国を封じ込める法

  • 1

    金正男氏を死に追いやった韓国誌「暴露スクープ」の中身

  • 2

    トランプを追い出す4つの選択肢──弾劾や軍事クーデターもあり

  • 3

    金正男殺害を中国はどう受け止めたか――中国政府関係者を直撃取材

  • 4

    日本でもAmazon Echo年内発売?既に業界は戦々恐々

  • 5

    東芝が事実上の解体へ、なぜこうなったのか?

  • 6

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 7

    ドナルド・トランプ第45代米国大統領、就任演説全文…

  • 8

    マティス国防長官日韓訪問に中国衝撃!――「狂犬」の…

  • 9

    トランプ、入国制限に反対の司法長官代行を1時間後…

  • 10

    アパホテル炎上事件は謝罪しなければ終わらない

グローバル人材を目指す

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「日本の新しいモノづくり」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 臨時増刊

世界がわかる国際情勢入門

絶賛発売中!