コラム

日本でも緊急避妊薬が薬局で買えるようになる? 試験販売決定の意義と問題点

2023年07月04日(火)18時05分
緊急避妊薬

世界の約90の国・地域では、医師の処方箋なしに緊急避妊薬を薬局等で入手できるという(写真はイメージです) New Africa-shutterstock

<緊急避妊薬を試験販売できる薬局は4つの厳しい要件を満たす必要がある。薬局で購入できるようになることで期待される変化について、日本で普及が遅れた理由を踏まえて紹介する>

性行為の後、72時間以内に服用すれば望まない妊娠を高確率で防ぐことができるとされる「緊急避妊薬」の市販化について、厚生労働省は先月26日、早ければ今年の夏頃から一部の薬局で試験的に販売する案を示しました。

日本では現在、緊急避妊薬の購入に際して医師の処方箋が必要なため、内服を急がなければならないのに入手しづらいことなどが課題となっています。そこで、医師の処方箋が必要な医療用医薬品から要指導・一般用医薬品への転用(スイッチOTC化)が検討されてきました。

日本で認可されている緊急避妊薬は、「レボノルゲストレル」というホルモン製剤を成分とした錠剤で、WHO(世界保健機関)には必須医薬品に指定されています。厚労省によると、世界では約90の国・地域で、緊急避妊薬を医師の処方箋なしに薬局等で入手できるといいます。

日本はなぜ、緊急避妊薬の普及が遅れたのでしょうか。どうして今のタイミングで、スイッチOTC化に踏み出そうとしているのでしょうか。さらに、諸外国のように薬局で買えるようになった場合でも、問題は残るのでしょうか。全体像を眺めてみましょう。

低用量ピルも緊急避妊薬も普及していない3つの理由

緊急避妊薬は、アフターピルとも呼ばれます。

経口避妊薬(ピル)には、計画的な避妊のために月経開始日から21日間連続服用して7日間休薬する低用量ピルと、緊急避妊薬として性行為後に1回服用する中容量ピルがあります。

低用量ピルは1960年代にアメリカ合衆国で開発されました。正しく使用すれば、妊娠の確率は1%以下と考えられています。現在は世界で1億人の女性が服用しているとされますが、国連が19年に行った使用率の調査ではフランスの33.1%、アメリカの13.7%に対して、日本は2.9%にすぎません。

緊急避妊薬は、70年代から欧米で処方され始めました。99年にフランスで認可されて以来、世界約50カ国に広まるまで日本では認可されず、11年にやっとレボノルゲストレル(商品名はノルレボ錠)が医療用医薬品として販売を開始しました。

この薬は72時間以内で早く使用すればするほど効果があり妊娠阻止率は平均で80%以上とされますが、性行為から24時間以内の内服で95%、25~48時間以内で85%、48~72時間以内で58%とする研究もあります。120時間以内の内服で妊娠阻止率が約95%のウリプリスタル酢酸エステル(UPA、商品名はElla等)は、10年にアメリカで認可されて以来、欧米を中心に現在、世界で広く使われていますが、日本ではこの薬は認可されていません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧州の企業幹部、EUに規制緩和の加速要望 米政権の

ビジネス

米ベライゾン、10─12月期携帯契約者数の伸び 5

ワールド

プーチン氏、トランプ氏との会談に意欲 ウクライナ問

ワールド

訂正-再送イスラエル軍、期限後もレバノン駐留へ 停
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ人の過半数はUSスチール問題を「全く知らない」
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄道網が次々と「再国有化」されている
  • 4
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 5
    電気ショックの餌食に...作戦拒否のロシア兵をテーザ…
  • 6
    早くも困難に直面...トランプ新大統領が就任初日に果…
  • 7
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 8
    「ホームレスになることが夢だった」日本人男性が、…
  • 9
    「後継者誕生?」バロン・トランプ氏、父の就任式で…
  • 10
    軍艦島の「炭鉱夫は家賃ゼロで給与は約4倍」 それでも…
  • 1
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 2
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 3
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵を「いとも簡単に」爆撃する残虐映像をウクライナが公開
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの…
  • 7
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 8
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 9
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 10
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 10
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story