コラム

トルコ大統領の怒りの裏にある、知られざるトルコとNZの歴史問題

2019年04月06日(土)15時10分

トルコ上陸作戦を行うアンザックの兵士(1915年4月) PHILIP SCHULLERーTHE AGEーFAIRFAX MEDIA/GETTY IMAGES

<「連合国」史観、白人至上主義思想、そして中国......第1次大戦の激戦からモスク襲撃事件へとつながる点と線>

3月15日、ニュージーランドのクライストチャーチでオーストラリア人ブレントン・タラントによる銃乱射事件が発生した。死亡した50人のほとんどがモスク(イスラム礼拝所)にいたムスリムだったため、イスラム世界のリーダーを自任するトルコのエルドアン大統領は18日、ニュージーランドとオーストラリアを激しく非難。両国が反発する事態となっている。

「チャナッカレの戦いで、あなたたちの祖父は歩いて、あるいは棺桶で帰国した。また同じことをすれば、あなたたちの祖父のように棺桶で帰すことになるだろう」

エルドアンが言及した「チャナッカレの戦い」は、第一次大戦の連合国側では「ガリポリの戦い」と呼ばれる。トルコ北西部チャナッカレはダーダネルス海峡に面し、エーゲ海からマルマラ海へ通ずる要衝だ。1915年4月25日、イギリスの作戦下、連合国軍が敵国オスマン帝国の要塞を占領しようと進軍し、オスマン軍の犠牲は死傷者約16万人に上った。

だがムスタファ・ケマル大佐の果敢な抵抗に遭い、作戦は失敗に終わった。オーストラリア・ニュージーランド軍団(アンザック)も3万5000人以上の死傷者を出し、多くの兵士が棺桶で帰国の途に就いた。

英連邦に属する両国にとって初めての本格的な海外派兵だっただけに、名誉ある軍功を勝ち取ろうとしていた。大敗は想定外だったが、今の国際社会では戦勝国としての連合国史観が主流のためだろうか。両国では毎年4月25日は「アンザック・デー」として、大々的な祝日となっている。筆者は17年にオーストラリアのキャンベラでこの行事を視察し、死傷数と戦功との「落差」について深く考えさせられた。

一方、エルドアンやトルコにとって、ニュージーランドの銃乱射テロは「チャナッカレの戦い」から変わらない、西洋からイスラム世界に対する理不尽な暴力と映ったようだ。

「多様性なき国」に共鳴

そうした見方の背景には、チャナッカレ以後のトルコの歴史がある。英雄ケマルは大佐か高官(パシャ)に昇進。23年にはオスマン帝国を倒して共和国を建設し、「建国の父(アタチュルク)」の地位を得た。だが国は英連邦軍に勝ちながら、「ヨーロッパの病人」と呼ばれた弱い立場を逆転できなかった。

しかもトルコはイスラム教国であるため、どんなにEU加盟交渉をしてもヨーロッパと肩を並べることさえできない。イスラム信仰を捨ててまで「ヨーロッパ人」になる発想がなく、オスマン帝国の再興を夢見るエルドアンからすれば、チャナッカレ以来の差別は続いている。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

透析・手術用の品目、「安定供給図る体制立ち上げた」

ワールド

トランプ氏、NATOへの関与に否定的発言 集団防衛

ワールド

北朝鮮が固体燃料エンジンの地上燃焼実験、金総書記が

ワールド

ウクライナ大統領がUAE・カタール訪問、防衛協力で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 2
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度を決める重要な要素とは?
  • 3
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のSNS動画が拡散、動物園で一体何が?
  • 4
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 5
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 6
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 7
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 8
    【銘柄】東京電力にNTT、JT...物価高とイラン情勢に…
  • 9
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 10
    カタール首相、偶然のカメラアングルのせいで「魔法…
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 3
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店員も「なすすべなし」の暴走モード
  • 4
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が…
  • 5
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 6
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 7
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 8
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 9
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 10
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story