コラム

ウイグル弾圧の中国がサウジ皇太子を厚遇した訳

2019年03月09日(土)16時30分

万里の長城に登ったムハンマド皇太子の真意は REUTERS

<中国批判のトルコを牽制する狙いから? 共産党が思うほどイスラム諸国の「操縦」は容易でない>

サウジアラビアのムハンマド皇太子は2月21~22 日、中国の首都・北京を訪問した。1000人規模の大規模な訪中団を中国は厚遇。巨大政治経済圏構想「一帯一路」政策の成果だと自画自賛したが、中国の狙いはそれだけではないようだ。

昨年10月に体制を批判するジャマル・カショギ記者がトルコで殺害された件にムハンマドは関与したのではないか――。そう疑う欧米と、中国当局は一線を画す。ただ今回は深慮遠謀からの「厚遇」外交とみるべきだ。

事件発覚当時、トルコ政府が情報をリークしたのは、背後にいたムハンマドのイメージダウンのため。中東でサウジアラビアとの覇権争いを有利に進める一面があったといわれる。一方でトルコは近年、中国と融和的な姿勢を示し、中国によるウイグル人弾圧に沈黙してきた。ウイグル人は民族的にトルコと近いにもかかわらずだ。

だが2月、トルコが中国によるウイグル人強制収容を「人類の恥」と習近平(シー・チンピン)政権を激しく非難。そうした批判は根拠に欠くと中国外務省が反論するなど、両国関係は一気に冷え込んだ。トルコは中央アジアからウイグルに連なるユーラシアのトルコ系諸民族の盟主で、発言の影響力を中国は理解している。

カネと権威のバランス

早速中国は「敵の敵は味方」とばかりに、トルコの宿敵で、国際的にも孤立するサウジアラビアに友好の手を差し伸べた。これに飛び付いたムハンマドは、中国の伝統的な友好国であるパキスタンと、習と握手を繰り返すモディ政権のインドを歴訪した後、北京の空港に降り立った。

一見、中国は二枚舌でイスラム世界の二大有力国の間にくさびを打ち込んだかのようにみえる。だが、事は簡単に運ばない。

特にサウジアラビアはイスラム信仰の面で世界に強い影響力を保持してきた。北アジアのモンゴルから中国の新疆ウイグル自治区、中央アジアにわたって民間に普及している聖典コーランは、ほとんどがサウジアラビアで印刷・製本されたものだ。宗教が弾圧されていた社会主義諸国に50年代からそうしたコーランがひそかに持ち込まれ、人々の信仰を支えていた。

また中国のチベット侵攻後、59年にチベット人と中国軍の衝突が起きダライ・ラマ14世がインドに亡命したときのこと。新疆ウイグル自治区のイスラム教徒がチベット人を側面から支援したが、イスラム教徒に武器弾薬を地下ルートで提供したのはサウド王家だと伝えられている。

ムハンマドは今回の訪中で信仰について語らなかったかもしれない。しかし、中国は今、同自治区でかつてない厳しさでイスラム教徒を弾圧している。90年代にサウジアラビアの支援で自治区内に建てられた神学校も全て閉校に追い込まれた。

モスク(イスラム礼拝所)の上に立つドーム形の屋根からは信仰の象徴である三日月と星が撤去され、入り口に赤い中国国旗が掲げられるようになった。中国の「不信心者」らに「イスラムの兄弟」が抑圧されているという現実はサウド王家に伝わっているに違いない。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みんなそうじゃないの?」 投稿した写真が話題に
  • 4
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 5
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 7
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 10
    インド映画はなぜ踊るのか?...『ムトゥ 踊るマハラ…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story