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オーストラリアの診察室から

高尾康端|オーストラリア

バルクビルの崩壊

画像:iSTOCKS-Rawf8

5月ごろオーストラリアの医療問題について触れました。新政権になったことでこの問題を打開する新しい政策が期待されていましたが、今のところ大きな変化は見られません。

今年7月に診療報酬の改正が発表されました。GP(一般診療医)による標準的な診察(15分)の診療報酬費は1.6%増加されました。すなわち$39.10だったものが、$0.65上がり、$39. 75になりました。一方、CPI(消費者物価指数)は年間6.1%、最低賃金は5.2%上昇しています。

最近ニュースやSNSではバルクビルをしない医師が増加したため、患者の自己負担が増えており、プライマリーケアがかなり危機的な状況に陥りつつあることを取り上げるようになりました。医療関係者以外の人の中には、なぜ最近になってこのようなニュースが増えたのかという疑問をSNS等で発している人がいます。しかしGPや医療関係者は少なくとも2018年ごろからSNS、メディア、政治家にプライマリーケアや医療制度の問題について訴え続けています。

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画像:iSTOCKS-robynmac

Medicareを通じた医師への診療報酬がCPIなどの物価指標に沿っていないのはかなり以前から続く問題です。今回の選挙で与党に戻った労働党が以前与党だった2014年に医療費を抑える一時的な政策方策としてMedicare Freezeという政策を打ち出しました。この結果、Medicare Freeze中は診療報酬は増加しませんでした。これは当初は一時的な政策とされていましたが、結局2017年まで続きました。それ以降もMedicare診療報酬の増加は微々たるもので、CPI等他の物価上昇率とはかけ離れています。下記のオーストラリア医師会のグラフがわかりやすいです。

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画像:https://feeslist.ama.com.au/file/download/fees-gaps-poster-2020-1.pdf

オーストラリアもここ最近はインフレ状態であり金利も上がっています。このため土地代等の施設費用、電気代、人件費などほとんどの物価が上昇し、経営が苦しいクリニックが著しく増加しています。以前はバルクビルで、患者の自己負担額をゼロで診察していた多くのクリニックが診察料を上げ、患者に自己負担額を請求するようになりました。もはや診察料を上げるか、クリニックを閉じるかの選択しかないところまで追い込まれているようです。政府が診療報酬を上げれば患者の自己負担額は減りますが、政府としては財政に影響するので、躊躇しています。

現政府はUrgent Careと名付けた、救急とGPクリニックの中間のような施設を作る計画を提案しています。しかし全国で50か所ほどで、どこまでプライマリーケアや救急の問題解決になるかは不透明です。Urgent Careは週末、夜なども開く計画のようですが、実際問題として誰がUrgent Careで勤務するのか、またどれぐらいの費用が掛かるかなども不明です。結局医療費削減につながる確証はなく、又、医療を必要としている患者がアクセスできないのであれば意味がありません。

今後労働党がどのような医療政策を実地実施していくのか注目です。





参考
https://feeslist.ama.com.au/file/download/fees-gaps-poster-2020-1.pdf
https://www.fairwork.gov.au/newsroom/news/get-set-for-a-minimum-wage-increase
https://www.abs.gov.au/statistics/economy/price-indexes-and-inflation/consumer-price-index-australia/latest-release

 

Profile

著者プロフィール
高尾康端

日本、スイス、シンガポール、アメリカで育ち、2004年からオーストラリアに移住。シドニー大学医学部を卒業。現在は東ブリスベンエリアHawthorne Clinicにて家庭医 (GP)として勤務。家庭医の観点からみる病気についての情報、また母国である日本と移住地オーストラリアの医療システムの違いや、オーストラリアで病気になった時に役立つ情報を発信している。

Twitter:@dryasutakao
Facebook:Dr Yasu Takao
ブログ:https://www.dryasutakao.com.au/blog

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