
ドイツの街角から
芸術と自然が融合する夢の宮殿 ベンラート城と庭園 〜保存財団設立25周年を迎えて〜
広大な宮殿ネットワークを築いた選帝侯
カール・テオドールは、拠点としたマンハイム城を中心に、デュッセルドルフ市内のイェーガーホーフ宮殿、そしてシュウェッツィンゲン城など、各地に宮殿を築いた。
18世紀のヨーロッパにおいて、宮殿建築は単なる居住空間ではなく、君主の権威・教養・国際的な洗練を示す舞台装置でもあった。
選帝侯の夏の離宮シュウェッツィンゲン城とベンラート城の庭園には、共通するデザイン理念があり、どちらも幾何学的なフランス式庭園と、自由曲線を活かしたイギリス式庭園の融合が見られる。
相違点をあげるなら、規模と地形だ。シュウェッツィンゲンが広大な平地に造られているのに対し、ベンラートはライン川沿いの限られた敷地に展開されている。そのため、ベンラートではよりコンパクトに、しかし視覚的には奥行きが感じられるよう設計された。
まるで異国にいる気分 シュウェッツィンゲン・モスク庭園にて Foto:norikospitznagel
また、シュウェッツィンゲンには異国植物や温室、モスク庭園まである国際趣味を反映しているが、ベンラートでは地元の気候に配慮しつつ、北米原産の樹木を配置するなど、当時の植物学的な探求精神も表現している。
さらにシュウェッツィンゲン城は、音楽や庭園芸術を愛した選帝侯の趣味を反映する文化活動の中心地だった。当時としては珍しい多様な庭園様式を取り入れたことでも知られ、フランス式庭園とイギリス式庭園に加えて、イタリア式の要素やオリエンタルなモスク庭園までが配置されている。選帝侯の国際的な趣味と植物学への関心が反映された、芸術と学問の融合空間が創出されている。
ベンラート城は、その成功を受けた"再創造"とも言える離宮であり、ライン川下流地域における新たな芸術・文化の拠点として設計された。
現代に息づく「歩く芸術」
2000年に設立された「ベンラート宮殿・公園財団」は、城と庭園を一体の芸術作品として保存・活用し、展覧会、ガイドツアー、教育プログラムなど、多彩な文化活動を展開している。
とりわけ注目されるのが、2002年に宮殿東翼に開館した「庭園美術館」。ヨーロッパ庭園史や植物文化の変遷を紹介し、夏には柑橘類の木々が並ぶ中庭が訪問者を癒す空間となっている。
また、庭園内には80種以上の鳥類、300種以上の昆虫類が生息し、北米原産の希少な樹木も見られるなど、自然観察の場としても人気が高い。
ベンラート城は、シュウェッツィンゲン城と共通する設計思想をもっており、両者は18世紀ヨーロッパにおける庭園芸術の実験場でもあった。規模こそコンパクトながら、視覚的な遠近感と動線の工夫により、歩くごとに風景の変化を楽しめるよう設計されている。
これはまさに、選帝侯が庭園を「歩く芸術空間」として楽しんだ思想を体現したものだ。
ベンラートを彩る幻想の夜
2025年7月12日(土)には、恒例の「光の祭典」が開催予定。宮殿のファサードを彩る幻想的なライトアップ、水面に映えるインスタレーション、そしてデュッセルドルフ交響楽団による屋外演奏が、訪れる人々に特別な夏の一夜を届けてくれるだろう。
以下3点Foto:MichaelBreuer_photokonzept
クラシック音楽と光、水、空間が一体となるこのイベントは、まさに五感で楽しむ芸術体験。ベンラート城は今も、選帝侯が夢見た「芸術と自然が調和する場所」として、時代を超えて生き続けている。
取材協力・デュッセルドルフ観光局

- シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト協会会員。執筆テーマはビジネス、社会問題、医療、書籍業界、観光など。市場調査やコーディネートガイドとしても活動中。欧州住まいは人生の半分以上になった。夫の海外派遣で4年間家族と滞在したチェコ・プラハでは、コンサートとオベラに明け暮れた。長年ドイツ社会にどっぷり浸かっているためか、ドイツ人の視点で日本を観察しがち。一市民としての目線で見える日常をお伝えします。
Twitter: @spnoriko