World Voice

パスタな国の人々

宮本さやか|イタリア

食べることはこんなにも楽しい。世界最高峰シェフ、ボットゥーラの凄さ

または最高級のピエモンテ牛を低温調理した後、庭で採れたハーブを焦がしてまぶし付け、炭火焼きにしたような風味をつけた「美しく、サイケデリックに、スピンアートされた仔牛肉。絵のようにカラフルに彩られた炭火焼き」。バターを食べているかのように舌に滑らかで、かつ香ばしい肉に添えられているのは、様々な野菜をピュレ状にした付け合わせだ。シェフたちが皿の上に、まるでピカソがカンバスを彩るようにビシャ、ビシャ、とソースをスプンで投げつけていくのは見もので、みんながワーッと近くに集まりかけたが、跳ねて洋服が汚れるから離れて、と注意を受けたのだった。

この色とりどりの野菜のソースは、パンで拭って食べるために考案された。全てのソースと合うように綿密に計算して焼かれる天然酵母のパンが、この料理専用に運ばれる。イタリアでは、皿に残ったソースをパンで拭う行為は「スカルペッタする」と言って、料理がおいしければこそ、ではあるものの、同時に高級店ではちょっと遠慮してしまう、という人が多い。それを堂々と許してくれる、最高においしくてお茶目心たっぷりな料理というわけだ。こんな皿を食べていると、大テーブルで知らない人と相席していても、あまりの楽しさについ微笑みあって、会話が始まってしまう。

88.jpg

「Beautiful,psychedelic,spin painted veal,charcoal grilled with glorious colors as a painting」写真:Marco Poderi

一人で食べていた私も、最後にはニコニコになっていた。周りの人もみんな楽しそうだ。おいしい店はたくさんあるけれど、食事が楽しくて笑ってしまう店って、世界にどれだけあるだろうか? おいしいものを作るトップシェフはたくさんいるけれど、俺様のすごい料理を食べさせてやる的な考えが透けて見える料理は、決して人を楽しくはさせない。これほどまでに人を楽しくさせるパワーの根底には、その客の求めるもの、その客がどうしたら喜ぶかを、考えに考え抜くサービス精神が必要なのではないか。私がインタビューで、「世界最高峰の多忙な身でありながら、貧しい人を助けるような活動も同時にされているのはなぜですか?」と聞いたら「なぜ困っている人がそこにいるのに、助けようという気にならないのか、って僕が聞きたいよ」と切り返されたのを思い出した。

見ていると、料理をする他のスタッフも、みんな生き生きと楽しそうだ。そういえばゲストハウスのヘッドシェフは女性、グッチとコラボでフィレンツェにオープンした店のシェフも女性。本店「オステリア・フランチェスカーナ」のスー・シェフは日本人の紺藤敬彦さんだ。他にも世界各国出身のスタッフが働いている。「女とか男とか何人とか、関係ない。その仕事をする能力があるかどうか」でスタッフを決めるというマッシモ・ボットゥーラ。能力をストレートに評価してもらえる環境で、スタッフたちは生き生きと楽しく仕事をする。もしかしたらマッシモ・ボットゥーラという人にとって、お金を払ってくれる客も、廃棄食料を利用して無料で料理を提供する相手も、自分のスタッフたちも、みんな等しくリスペクトを持って接し、大事にしたい人たちなのかな? 

そんなことを考えながら、モデナからイタリアの新幹線に乗り、トリノの家に戻ったのだった。

 

Profile

著者プロフィール
宮本さやか

1996年よりイタリア・トリノ在住フードライター・料理家。イタリアと日本の食を取り巻く情報や文化を、「普通の人」の視点から発信。ブログ「ピエモンテのしあわせマダミン2」でのコロナ現地ルポは大好評を博した。現在は同ブログにて「トリノよいとこ一度はおいで」など連載中。

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

あなたにおすすめ

Ranking

アクセスランキング

Twitter

ツイッター

Facebook

フェイスブック

Topics

お知らせ