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トルコから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ

家賃の高騰と退去勧告 ‐ トルコ全土で広がる混乱は落ち着くのか?

iStock - トルコ

経済不況が続くトルコ。トルコの今年 5 月のインフレ率は 73.5%。ただし以前から言われていることですが、実際のインフレ率は政府が発表する数字よりもっと高いといわれています。1998年以来最悪のインフレ率だということです。

1998年以降のトルコのインフレ率.JPGトルコの現在のインフレ率 ‐ Youtube のチャンネルから

トルコで大問題! 家賃の高騰

食費・光熱費・ガソリン価格などの高騰は大きな問題ですが、さらにここ数か月毎日のように報道されているのは、家賃の高騰。ここ 1 年のあいだにトルコの家賃は 152% 上昇しました。4 年間では 233% の上昇です。とりわけイスタンブールでは家賃の上昇が顕著です。5 月末の時点で、イスタンブールの平均家賃は 6900TL (現在のレートで55000円ほど) だと報告されています

東京の人口より多いイスタンブールの人口。それほどの大都市なら 5 万円ほどの家賃は安く思えるかもしれません。が、トルコの最低賃金は 4200TL (33000円ほど)。ですから 5 万近い家賃というのは、ごく一般のトルコ人にはかなり敷居が高い値段なのです。この最低賃金は 7 月に 5000TL まで引き上げられるということですが、それでも家賃の高騰に見合った金額ではありません。

私が住むトルコ南部のガジアンテプのような地方都市も例外ではありません。私は昨年 7 月に現在のアパートに入居しました。その時の値段は 1500TL。たった 1年前、この 1500TL という家賃は地方都市ではまだ少し高めに感じられる値段でした。ところが現在、ガジアンテプで 1500TL という家賃の家を探すことはほぼ不可能。安くて 3000TL から、ある程度のスタンダードを求めるなら 5000TL 以上は払う覚悟が必要です。リラが暴落しているので、私たち外国人にとってはそれほど高い値段ではありません。ちなみに私の家賃 1500TL は 1 年前のレートでは 23000 円ほどでしたが、現在のレートでは 8800 円ほどになります。ここ 1 年でどれほどリラが暴落したかお分かりいただけるかと思います。ただし、前述のようにリラでお給料を受け取る一般的なトルコ人にとっては、地方都市でも家が借りられないという状況になります。

iStock-953628338.jpgiStock - アパートの契約書

トルコでは大家さんが毎年家賃を値上げできるという法律があります。1 年ごとにやってくる契約の更新月、私たち外国人は戦々恐々。家賃の値上げはその年のインフレ率を越えてはならないことになっているので、これまでの通常なら 10-15% ほどの値上げで済むはずです。が、私たち外国人は概して容赦ない値上げの対象になります。まずトルコ語がきちんと話せませんから、値上げ要求に対してそれほど発言力がない。ですから値上げを呑むか、別の家を探すかです。

私も 5 年前にイスタンブールで最初に住んだボロ家で法外な値上げを要求された経験があり、すぐさま引っ越しました。当時はアパートが見つけやすかった上に家賃もリーズナブルだったので、ボロ家で値上げを受け入れるより引っ越したほうがお得だったのです。でも今では引っ越しは簡単ではありません。まず家が見つかりません。アパートというアパートが 1 年前の 3-4 倍になっているので、値上げされても現在の家に住み続けたほうが得です。ですから家を変わらない人が増えています。家が空かないので、必然的にアパート不足になります。

この法外な値上げは外国人にとっては従来からの問題でしたが、昨今はトルコ人も対象になっています。現状のアパートで 100% (つまり 2 倍の値上げ) を要求されるトルコ人も増えていて、連日テレビやニュースで問題になっています。昨日まで住んでいたアパートの家賃が突然 2 倍になるのですから、受け入れがたい要求です。払えないなら退去勧告です。どこへ行けというのか? 憤慨した住人たちが大挙して声をあげている様子がニュースで報道されています。

影響をもろに受けているのはトルコ人の学生たち。イスタンブールでは大家から立ち退きを勧告される学生も増えているようです。エルドアン大統領は学生のためのドミトリーをさらに増やすといっていますが...。また年金生活者も低所得者も大きな影響を受けます。

家賃の高騰を抑えるための新しい政策とは

そんな状況を受けて、政府は家賃の値上げに関連した新しい法律を発表しました。2023 年 7 月まで (つまり向こう 1 年間) 有効な法律で、家賃の値上げは 25% までと定められています。入居者にとっては少し安心できますが、納得できないのは大家の側。全ての大家ではありませんが、日和見主義の大家が多いことも事実。今いる住人だと儲けになりませんから、できれば追い出したい。家賃を 3-4 倍に設定して新しい入居者に貸し出す方がずっとお得。出て行ってほしい大家と出ていきたくない住人。トルコ全土で混乱が生じています。両者が裁判沙汰にするケースもかなり増えていると思われます。

私自身も契約の更新日を迎えまして、気持ちが落ち着きませんでした。前述のように、1 年前の入居当時の家賃は 1500TL。 さらに契約書には 2 年目の家賃は 1750TL とあらかじめ記載してもらっていました。ただ、今どき 1750TL などという家賃の物件はありませんので、大家さんがどのような対応に出るのか戦々恐々。退去勧告などという最悪の事態を避けるために、ここは自分から値上げを申し出たほうが良いと判断しました。そこで大家さんに電話し、2000TL 払う意思があることを伝えました。

後から友達には「自分から申し出るなんて」と呆れられましたが、このリラ暴落の中 1500TL という格安の家賃を払っていることに後ろめたさを多少感じていましたので、これでよかったと思っています。さらに大家さんによると、私と同じ階の隣のアパートに住んでいる住人は同じ広さのアパートに 2600TL を払っているようで、私の家賃はまだまだお得な値段だといえます。もちろん今どき 2000TL というアパートはそもそも見つかりませんので、値上げ後も格安のアパートといえます。


なぜ突然に家賃が高騰したのか


家賃の高騰は新旧問わずすべての物件で。なぜいきなりこれほど高騰するのか? しかもなぜ既存のボロアパートまで一律に値上げされてしまうのか? 物件の不足が主な原因ですが、なぜ物件が不足するのか? いくつかの理由が専門家によって指摘されています。

まずコロナの影響。2 年以上続いたコロナ禍で建設事業が遅れに遅れました。次に歴史的なリラ暴落。これにより建設資材が膨大に値上がりしました。トルコ国内の建設資材の約 60% が海外からの輸入に頼っているといわれています。ですから建設のコストがかつてなく高くなり、新規着工数がぐんと減っています。さらに先ほども書いた通り、家を変わらない人が増えたために空き家が極端に少なくなっています。別の理由としては、外国人の投資家が物件を買い占めるケース。これは以前の記事で書きましたが、指定された金額の物件を購入することでトルコ市民権を取得できる制度を利用するロシア人やイラン人などが増えているためです。とはいえ、この投資の数は全体的にはそれほど多くはなく、実際にはトルコ国内での需要の多さが家賃の高騰に拍車をかけているといわれています。若い世代の割合が非常に高いトルコ。ヨーロッパの中では人口に占める若者の割合が一番高いといわれています。ある程度の年齢になると結婚して親から独立するのが普通。実際、夏は結婚ラッシュ。ですから当然、アパートの数も結婚の数と同じように必要になります。もちろん、物件が足りないことに乗じて儲けを狙う日和見主義の大家もこの物件の高騰に拍車をかけています。

iStock-1331604241.jpgiStock - 建設現場

かつてなく様々なクライシス (危機) に見舞われているトルコ。向こう 1 年間の家賃の値上げが 25% までに限定されたことで、家賃の高騰はいったんは落ち着くかもしれません。ただしこの住宅危機はトルコが直面している経済危機の一端にすぎません。人々の生活はどんどん苦しくなる一方。来年 2023 年 6 月の大統領選を控えて、正式に立候補を表明したエルドアン現大統領。今後トルコはどんな風に変わっていくのか、目が離せません。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴13年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半滞在した後、現在はトルコ在住4年目。メインはシリア難民に関わる活動で、中東で習得したアラビア語(Levantine Arabic)を駆使しながらトルコに住むシリア難民と関わる日々。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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