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サッカーを食べ、サッカーを飲み、サッカーと寝る国より

古庄亨|ブラジル

努力で埋めがたいブラジルの教育格差①

(iStock)
◉低所得者、貧困層を直撃する最近の物価上昇

ブラジルの物価、特に食料品の値段が急騰している。
上昇率8.8%、その中でも主食であるお米が19.2%、油や豆は2倍近く上がっている品もある。
お米の価格でいうと5kg24レアル(現レートで約450円)

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(筆者撮影)



日本の感覚でいうとそれほど値段が高いと感じる事はないのかもしれないが、ブラジルの低所得者層、貧困層にとっては悩みのタネである。
なぜならブラジルの現在の最低賃金は月約1,000レアル(現レートで約19,000円)
この所得で生活している、またはそれ以下の層にとっては物価の上昇は死活問題となっている。
総じて、この層は抱えている子供の数も多く、世代を跨って大家族が同居しており、支出の中で食費の占める割合が高い。
どうにかして削ろうにも削れない支出なのである。


日々の食べ物に苦労する層が多く住むエリアがある一方、月家賃10,000レアル以上(現レートで約19万円)が多く住むエリアも多数存在する。
こちらのエリアでは、
1回のランチで4050レアル(現レートで800円~1,000円)以上かかる。

ここ数ヶ月の日本円とブラジルレアルのレートの関係で多少安く感じてしまうが、本来の1レアル=約30円程度で計算していただくとより現実の生活感覚に近い。

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(筆者撮影)


ブラジルの社会問題としてよく取り上げれる格差問題。
差別はない(少ない)国であるブラジルではあるが、そこにははっきりとした格差(階層)が存在する。

この格差はどこから生まれているのだろう。
低所得者層、貧困層の彼らの努力が足りないのだろうか。
そうではなく、大きな原因は生まれ育ってきた環境にあるのだろう。

実際に社会に出て収入を得るまで、どんな環境に育ったか、どんな教育を受けてきたか、どんな学校にいたのかが、
社会に出てからの収入差に大きく関係しており、その後のお金に対しての価値観を決める事に繋がっている。



◉私立校で学ぶ子供、公立校で学ぶ子供

例外は勿論あり、全てがこのタイプに当てはまる訳ではないが、代表的なタイプを2つあげてみる事にする。
裕福な家庭、教育熱心な両親を持つ家庭に生まれた場合、幼稚園から小学校、中学校、高校と全て私立校に進学する。
しっかりとした教育を受け、豊富な知識や経験を得た上で大学に進学する。
そして、大学は国立や州立大学を選ぶ。
これらの大学、質の高い講師、整った環境で勉学に励む事ができる上、なんと学費が無料なのである。
在学中は、企業インターンなどを経て、自分のやりたい分野の会社や一流企業に入社。そこで様々な人や仕事と出会い、より良い会社へと自らをキャリアアップをしていく。
まさに理想の歩みである。

一方のタイプ、中流層以下の子供達はどうだろうか。
幼稚園、小学校、中学校、高校全てを公立校で学ぶ事になる。
残念ながら公立校は施設や環境が整っていない事も多く、授業の質が常に問題視されている。
テレビやパソコンがない、設備が古い、スポーツの授業でクラス40名に対して空気の入っていないボール1個しか準備されていないなんて環境も普通である。
国からの教育予算が下りてきていても、途中の中抜きがあるので、そのままの金額が末端の現場まで届く事は稀である。
常に予算不足に悩まされている。

コロナ禍で学校閉鎖になった際も、私立校がすぐにオンライン授業を開始したのに比べ、公立校は休校にしただけの所も多く、対応があったとしてもプリント配布や提出のみといった程度である。

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(iStock)


また、教師が職場環境の改善を求めてストを行い、授業が開催されない事もある。
教師という職業自体も、日本の様に夢や志を持った方は少なく(中にはいらっしゃるだろうが)、他の職業が見つからなかったから仕方なく教員になったという人も多い。
月収2,0003,000レアル(約40,000円~60,000円)と言われており、
この環境で、教師が日本の教師の様に自己投資をして子供達の為の勉強会を開いたり、授業の質を少しでもあげようとする努力を継続する事は難しいのである。


そんな中でも日々努力し、大学へ進学する子供達は沢山いる。
ここでいう大学とは私立大学の夜間枠であり、これが国公立とは違い有料なのである。
そしてその学費を払わないといけない彼らは、朝から夕方まで一般企業で働く。
学ぶ為に働き、働いたお金でなんとか僅かな時間の授業を受けるのである。
その様な努力をして大学を卒業しても、国公立の一流大学と違い、一流企業に就職できる可能性は低い。

努力をしても報われない、自分の天井が見えている。
そんな閉塞感が若者の中に出ている感はある。
底抜けに明るく、人懐こいブラジル人と一緒にいると、彼らは何も悩みがないのではとさえ感じてしまう事が昔はあった。
だが話をしていると、実際はそうではなく、皆、心の奥底にはやりきれさや閉塞感、虚無感を抱えているのだと気づかされる。



こうして、生まれた時の環境で、かなりその後の生き方が決まってしまうという意味では、日本よりも残酷な感じがする。
努力で越えられない壁はないというのは正論であり真実ではあるが、本人の努力とは関係ないところで、かなりのアドバンテージやハンディがある事も事実である。

彼らと仕事をしている時に、何故事を知らないのか、こんな事もできないのかという事を目の当たりにする事もあるが、教育を受けていない為に経験してこなかったり、知らなかったりするだけで、決して彼ら自身だけのせいではのだ。



先日ボタフォゴFRに所属するサッカーの本田選手が、ブラジルの貧困層の子達の為にオンラインスクールの立ち上げを考えている旨をツィートした。


多くのブラジル人が反応していて、コメントが沢山ついていた。
彼は定期的にブラジルの教育や社会問題についてコメントしていて、これまでのサッカー選手とは違ったイメジージを持たれており、ブラジル人から好感を持たれている。


このツィート、実際に他の国や地域であれば、すぐに実現できたのかもしれないが、ブラジルでは残念ながら難しかった。

一番の問題は環境にある。
出し手がどれだけ良い質の授業を提供していても、受け手にそれを受け取る術がないのだ。
ネット普及率が7割という発表があるが、普及していない3割が広大で、尚且つそこに住んでいる低所得者、貧困層が殆どなのだ。
コロナ禍でスタッフとオンライン会議をしようとしても、自宅にWi-fiがない、携帯のギガ容量がないので開催できないという事が普通にある。
仕事を持っているスタッフでさえそうなのだ。子供達がオンラインアウラを受けようにも、ネットに接続できない、親に携帯を借りたとしても、機種が古く授業用に送られてくる大容量データの資料に耐えれられないなどの問題が発生し、授業に参加できないのである。

サンパウロの公立校ではこの問題を解決する為に、使用していないテレビ局のチャンネルを使用して授業を届けた事があるくらいだ。(テレビの場合はネット環境に左右されないのと、携帯がなくてもテレビが自宅にある層が多い為。)

便利な世の中にはなり多大な恩恵を受けているのは確かだが、その恩恵を受けれない層との格差は拡大したとも言えるだろう。

生まれた環境で、かなりの生き方が決まってしまう現実。
ブラジルや南米だけでなく、筆者が住んだ事のあるタイ(20082010)や東南アジアでも、同じ様に感じた部分である。
格差はあるにはあるが、平等性や努力の余地が多少残っている日本。
日本の様な型やシステムがマイノリティーで、世界ではこちらの方が一般的であると考える方がしっくりくる。

次回は、ブラジル人がどうやってこの格差を埋めていくのかについて触れたいと思う。

 

Profile

著者プロフィール
古庄亨

ブラジル・サンパウロ在住。日本・ブラジル・タイの3ヶ国で、2010年までフットサル選手としてプレー。2011年より5年間、都内スポーツマネージメント会社勤務。2016年ブラジルに渡り翌年現地にて起業。サッカーを中心にスポーツ・教育関連事業で活動中。

Webサイト: アレグリアスポーツアカデミー・サンパウロ

Twitter: @toru_furusho

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