コラム

ウォール街の「狂乱」に人生を狂わされた家族の回想録

2015年08月10日(月)16時00分

 今年前半、アメリカの多くのメディアが取り上げた新刊『After Perfect: A Daughter's Memoir (English Edition)』(完璧だった人生が終わったあと:ある娘のメモワール)の著者はクリスティーナ・マクドウェルという若い女性である。この本は、ウォール街のマネーゲームに翻弄されて人生をメチャクチャにされた彼女の回想録だが、とりわけ異色なのは彼女の父親が「詐欺師」側の人間だったことだ。

 ふだんベストセラーには皮肉な態度を取っている「The Village Voice」誌でさえ「2015年に読むべき15冊」に選んだのは、この本が「アメリカンドリーム」の裏側を露骨に見せているからだろう。

 レオナルド・ディカプリオがマーティン・スコセッシ監督と組んで製作し、2013年に公開された映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』は、90年代にペニー株詐欺(株価が1ドル以下の安い株を使った詐欺)、相場操縦、資金洗浄などの違法行為で逮捕されたジョーダン・ベルフォートの回想録『The Wolf of Wall Street』(邦訳:『ウォール街狂乱日記』〔早川書房刊〕)が原作だった。

 映画には、コツコツ貯めたお金をベルフォートに騙されて失った庶民の投資家が出てくる。しかし犠牲者は彼らだけではない。金融詐欺に関わった者の家族の人生もまた破壊されたのだ。

 『After Perfect』の著者クリスティーナは、首都ワシントンDC郊外の巨大な豪邸で育った。父親は金融関係の弁護士、チャリティパーティを主催する母親は女優のように美しく、両親の友人はアリアナ・ハフィントンやアラン・グリーンスパン夫妻など、政界や財界で活躍する大物揃いだ。

 娘の高校卒業のプレゼントにBMWの新車を買い与えるほど気前が良い父親は、自分の仕事については多くを語らず、家計もすべて取り仕切っていた。家庭内には「お金について語るのは下品」という雰囲気があり、娘たち3人は金を使うことしか知らなかった。

 ところが、クリスティーナが大学1年生のとき、突然父親がペニー株詐欺の容疑で起訴され、豪邸も高級車もすべて差し押さえになる。ベルフォートが自分の刑罰を軽くするために政府と取引し、クリスティーナの父親を密告したのだ。

 それまで豊かな財産があると信じていた家族は、残されたのが巨額の借金だけだと知ってショックを受ける。美しく着飾り、社交界で一目を置かれることが「仕事」だったクリスティーナの母親は、現状否定のままでうつ状態になり、子どもたちを守るために立ち上がろうとはしない。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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