コラム

標高日本一の空港の「微妙な立ち位置」 交通の要衝・塩尻から松本へ

2020年09月04日(金)16時10分

◆交通の要衝にひっそり建つ文芸とポルノだけの映画館

021.jpg

015.jpg

旧街道の雰囲気を残す塩尻宿

江戸時代の塩尻は中山道の宿場町だった。現塩尻市域には、塩尻宿と合わせて、有名観光地の奈良井宿など5つの宿場町がある。現代の塩尻市も道路交通の要衝として機能しており、北東の長野・松本〜日本海方面と、南西の木曽・名古屋〜京都方面に向かう国道の分岐点になっている。鉄道も塩尻で分岐する。少しずつ繋ぎながら令和の日本を歩くこの旅では、各回のルートを中継するスタート・ゴール地点として、ルート上を通るJR中央本線の駅を利用してきた。つまり、毎回中央本線の駅を目指して歩き、電車に乗っていったん帰宅。後日また中央本線に乗って同じ駅にやって来て再スタートするという形でルートを繋いでいる。そんなふうにお世話になってきた中央本線とも塩尻駅でついにお別れとなる。

中央本線は、東京―名古屋間を結ぶ幹線だが、塩尻で管轄がJR東日本とJR東海に分かれる。東京―塩尻はJR東日本、塩尻―名古屋はJR東海になっており、新宿発の特急「あずさ」は塩尻から篠ノ井線(JR東日本)に乗り入れて松本まで行く。つまり、広義の中央本線は、東京―名古屋間を言うが、会社をまたいだ直通列車はなく、塩尻で一旦途切れる。そのため、JR東日本区間を「中央東線」、JR東海区間を「中央西線」とも言う。すなわち、中央東線に沿ってきた我々の歩き旅は、ここから先は西線の方には行かず、篠ノ井線を経て大糸線に沿って歩いていくことになる。フォッサマグナという地質学的な東西の分かれ目に、このような鉄道運行上の境界(会社間のナワバリとも言う)があるのは、決して偶然ではないだろう。

ところで、地方都市の中心が駅前からロードサイドへと移った今、全国どこの田舎町も、駅前は閑散としている。旅人の勝手な目線では、そこにかえって哀愁を帯びた旅情を感じるわけだが、今回も、駅前から伸びる商店街の外れに、昭和ノスタルジックな出会いがあった。今やめっきり減った地方の単館映画館だ。さらに好感度ポイントが高かったのは、かかっていた映画が文芸作品とポルノ映画のみだったことだ。今や地方で映画といえばショッピングモール内のシネコンが多く、かかっているのは全国共通のハリウッド大作やアイドルが主演しているような薄っぺらい邦画、あるいはアニメ映画ばかりで味気ない。ところが、この映画館では、逆にそういう最大公約数向けの映画はかかっていなかった。おそらく、経営上の問題で仕方なくそうなっているのだろうが、都会の単館系の映画館でしか見られないような文芸作品を地方でも見られるという事実は、文化・芸術振興的にもっと評価されて良いと思う。その副産物としてポルノ映画がかかっていることには、「芸術」と「商業」を両立させる方便として、どうか目くじらを立てずに静観してほしい。

038.jpg

塩尻の町外れに、古き良き映画館があった

◆国道20号の終点

057.jpg

塩尻はこれまで歩いてきた国道20号の終点である

塩尻駅前の食堂でご当地グルメの「山賊焼」(大きくて平たい鶏もも肉の唐揚げ)と馬肉を食べた後、もと来た道を戻り気味に、国道20号と19号の交差点に向かう。この旅で、中央本線とともにルートの目安としてきたのが、東京都内では甲州街道と呼ばれる国道20号である。東京・日本橋を起点とする国道20号は、この塩尻が終点なのだ。終点で中山道と重なる国道19号と交わり、19号を南西に進むと名古屋、北東に進むと松本を経て長野に至る。そんな20号終点の中央分離帯には、<20 終点 END>の看板が立っていた。ここから、新たなステージに踏み込む。松本まで19号&篠ノ井線沿いに進み、その先はゴールの糸魚川まで147/148号&大糸線沿いを歩く予定だ。

駅前=町の中心である都会と違って、車社会の地方都市の中心部はロードサイドである。令和の塩尻の中心もまた、スーパーやホームセンターが並ぶ19号沿いで、松本まで"埼玉通り"を形成している。僕は、埼玉県あたりのロードサイドに象徴されるような、全国どこにでもある大型店が並ぶ国道沿いをそう呼んでいる。塩尻の"埼玉通り"が、本家埼玉と違うのは、少し裏道に入ればそば畑が広がるのどかな農村風景が見られることだ。そんな裏道にこそ、徒歩のスピードでしか味わえない旅情がある。

060.jpg

国道から一本裏に入ると、爽やかな農村風景が広がる

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナに西側部隊派遣なら「正当な標的」に=プー

ワールド

日経平均は続伸、4万3000円回復 米株高や米大統

ビジネス

英小売売上高、7月は前月比+0.6% 予想上回る

ワールド

中国へのガス管計画、市場価格方式を採用へ=プーチン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 6
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習…
  • 7
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 8
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 10
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 7
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story