コラム

安全保障貿易管理から見るデュアルユース問題

2017年02月16日(木)17時10分

安全保障貿易管理から見えるデュアルユース技術の管理

非常におおざっぱに安全保障貿易管理の概略を説明したが、ここから見えてくるのは、現在日本で行われているデュアルユースの議論は「戦争目的の科学研究」が具体的に何を指し、何をやめるべきなのか、やめた結果どのような影響が生まれるのか、ということがすっぽり抜けているということである。

すでに述べたように、「戦争目的」という意図を明確にすることが難しいため、防衛省という出資者のレベルで管理をするというのが、これまでの学術会議での考え方であった。しかし、学術会議は、研究者が日々行っている研究成果が意図せず戦争目的に使われることについては、十分な注意を払ってこなかったのではないかと思われる。本当にそれで良いのだろうか?仮に出資者が全く戦争する意図を持たない存在(たとえば科学研究費補助金)であったとしても、それは研究成果が戦争目的に使用されないということを保証するものではない。

このように考えると、研究者が本当に考えなければいけないのは、誰が出資者であるのか、という問題ではなく、自分の研究が戦争に使われないためには何をすれば良いのか、という問題なのではないだろうか。もちろん、原子力やロボティクスなど、軍事的に応用可能な分野に近い研究者はそうした意識を持っているであろう。ここで問題にしたいのは、学術会議や政府の考え方、対応である。戦争に自らの研究成果を使われないようにするためには安全保障貿易管理の仕組みのように、規制当局がその技術の公表や移転について許可制にし、それを監視していくという作業が必要となるだろう。

それは学問の自由と当然のように衝突する問題である。しかし、学術会議が掲げる「戦争目的の科学研究は行わない」という誓いを実現するためにはそうした規制を受け入れるべきであろうし、「学問の自由を守る」という目標を実現するのであれば、自らの研究結果が意図せず戦争に使われることも甘受しなければならない、という結論になるであろう。

この問題はすでに安全保障貿易管理の世界では起きている。現在、技術移転に関しても文部科学省・経済産業省・安全保障貿易情報センター(CISTEC)によって「大学における安全保障貿易管理」の仕組みが導入されている。しかし、これは研究教育の場での管理が中心であり、研究成果のコントロールが出来る仕組みとは言い切れない。

また安全保障貿易管理の考え方で参考になるのは、技術の戦争目的・軍事目的の利用の中で最も望ましくないものは何か、というプライオリティ付けである。現在の議論では、「戦争目的」に関わるものは何でもダメ、という一般論から始まり、「防衛目的」と「攻撃目的」といった区分けをして議論する論者もいるが、それはナンセンスと言えよう。技術をどう使うかは、兵器を開発し、使用する側の問題であり、防衛目的のみに使われる技術も存在しないわけではないが、それはあくまでも防衛目的のみに使うという意思があって初めて成立するものである。その点で日本の安全保障政策は専守防衛を基本としているという点で、防衛省が開発し、使用する兵器は防衛目的とは言えるが、それは技術だけで峻別することは出来ない。故に技術サイドから峻別できるのは、その技術が大量破壊兵器に使われる可能性があるかどうか、という点であると言えよう。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

諮問会議議員に若田部氏ら起用、「優れた識見有する」

ビジネス

米ゴールドマン、来年はマネジングディレクター昇進が

ビジネス

実質消費支出9月は+1.8%、5カ月連続増 自動車

ワールド

ロシア南部の製油所が操業停止、ウクライナ無人機攻撃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 5
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 6
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story