最新記事
米政治

トランプが始めた、アメリカ民主主義を作り変える大実験の行方

A Trump's Experiment

2025年4月11日(金)09時24分
江藤洋一(弁護士)

アメリカ民主主義を観察する「好位置」

最後にもう一点、また違った視点からアメリカの民主主義の実験を見てみよう。ヨーロッパの民主主義国家は王政とほどよく共存している。これらの国家はそれぞれにそれなりの歴史を持ち、理想と現実の拮抗と抗争、そして妥協を繰り返してきた。ただひとつ共通しているのは、権力と権威(王政)の分離ということだった。天皇制を頂くわが国も、この権力と権威(天皇制)の分離ということでは共通している。権力と権威の分離こそ成功した民主主義の証となっている。

だが、歴史の浅いアメリカには権力以外にこうした権威が存在しない。アメリカ人は金銭的成功を大変喜ぶが、いくら富を築き上げても、羨望の対象にはなり得ても権威にはなり得ない。それがアメリカの新しさでもあり魅力でもり、かつまた嫌悪の対象にもなりうる。トランプ氏は権力を手に入れただけでは満足できず、権威を何とか手に入れようとしているように見える。それは、トランプ氏に限らず歴史上全ての権力者が一度は夢見る妄想かもしれない。彼は、滑稽なほど他者に対して侮蔑的な言辞を弄することがある、まるでそうすることが己の権威化に益するとでも言わんばかりに。しかし、王や天皇や皇帝の権威は一朝一夕には築けない。歴史が必要なのだ。権威は得てして物静かだ。

権威の由来を尋ね権威を分類することが本稿の目的ではない。ないが、それでも家父長的権威、宗教的権威は私たちにもなじみが深い。LGBTQを排除しようとするトランプ氏は、期せずして家父長的権威を求めているのかもしれない。ディ-ルを得意として人を出し抜こうとする人は宗教的権威とは相いれない。

ただ、権力者は誰しも自己を権威化する欲求に、無性にかられるものらしい。それはトランプ氏に限らない。民主主義国家は、こうした権力者の求める権威を解体し分離することによって、まさに民主主義国家として成功してきた歴史がある。権力者トランプ氏が権威を求めるなら、それは歴史を逆行させるに等しい。権力と権威が融合した社会において、民主主義は成立しえたとしても、ひどく歪んだものになるだろう。そういう意味においても、アメリカの民主主義が実験されている。

私たちは、アメリカの民主主義に口出しできない。民主主義は一つの地域社会の問題でしかない。その意味ではロシアの諜報機関にも劣る。だが、アメリカの民主主義を観察するためには、なかなかの好位置にいる。中にいなければ分からないのではなく、外から眺めているからこそよく見えることがある。例えは悪いが、東京から富士山を眺めて美しいと言える立場と、青木ヶ原の樹海に横たわる自殺者の数を厳密に数える立場がそれぞれにあるとする。共に富士山を眺めていることに変わりないにしても、前者の方がより俯瞰的に眺めることができる、という限度で私たちは好位置いる。

いずれにしろ、トランプ氏が始めた「アメリカ民主主義の実験」はまだ始まったばかりだ。


筆者は第一東京弁護士会所属の弁護士。大分県生まれ、一橋大学経済学部卒。1978年弁護士登録。日弁連副会長、関東弁護士会連合会理事長、第一東京弁護士会会長などを歴任。

ニューズウィーク日本版 習近平独裁の未来
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月17号(2月10日発売)は「習近平独裁の未来」特集。軍ナンバー2の粛清劇は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」強化の始まりか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ボーイング、「737」生産ライン今夏に追加へ

ビジネス

中国1月CPIは0.2%上昇、PPIは下落率縮小

ビジネス

米アルファベット、ポンド建て100年債発行 IT業

ワールド

米ミネソタ州知事、トランプ政権の移民取り締まり「数
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 2
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...周囲を気にしない「迷惑行為」が撮影される
  • 3
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トランプには追い風
  • 4
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を…
  • 5
    崖が住居の目の前まで迫り、住宅が傾く...シチリア島…
  • 6
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 7
    変わる「JBIC」...2つの「欧州ファンド」で、日本の…
  • 8
    衆院選で吹き荒れた「サナエ旋風」を海外有識者たち…
  • 9
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 10
    まさに「灯台下暗し」...九州大学の研究チームが「大…
  • 1
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 5
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 6
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 7
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    台湾発言、総選挙...高市首相は「イキリ」の連続で日…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 7
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中