最新記事
中東

シリア×イラン×ヒズボラ「シーア派の弧」破綻後の地政学図

REGIONAL RAMIFICATIONS

2024年12月20日(金)15時58分
ミレイユ・レベイズ(米ディッキンソン大学准教授)
シリア×イラン×ヒズボラ「シーア派の弧」破綻後の地政学図

レバノンの首都ベイルートを行進するヒズボラ戦闘員(23年4月) HOUSSAM SHBAROーANADOLU/GETTY IMAGES

<親イラン勢力から成る「抵抗の枢軸」はドミノ倒しのように崩壊。危険な連鎖反応が終わり、シリアとレバノンの国民は安堵だが...>

シリアのバシャル・アサド大統領の失脚は、国境を超えてレバノンにも影響が及んでいる。

既にイスラエルとの戦闘で弱体化し、指導部が壊滅的な打撃を受けたレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラは、アサド政権の崩壊でさらに打撃を受けている。

もっとも、レバノンでは多くの人が喜んでいるだろう。アサド政権と13年間の内戦から逃れてシリアを離れた150万人の難民は言うまでもない。

両国の近代の歴史は複雑に絡み合い、アサド一族は54年にわたる支配の間、レバノンに度々介入した。そのほとんどは、レバノンの国民、経済、安定を損なうものだった。


ヒズボラは、1982年のイスラエルによるレバノン侵攻を機に創設されて以来、アサド政権から強力な支援を受けてきた。

確かに両者の間が緊張した時期もあり、特にレバノン内戦の最中は険悪だった。しかし全体として、ヒズボラは武器や軍事訓練、イランへの陸路の容易なアクセスをシリアに頼ってきた。

これは互恵関係でもあった。2010年のチュニジアの民衆蜂起に端を発した民主化運動「アラブの春」が2011年にシリアにも広がり、武力弾圧を機に内戦状態に陥ると、ヒズボラの戦闘員がシリアに越境して政府軍を支援した。

しかし、レバノンで最も強力な準軍事組織に成長したヒズボラは、近年その勢力が衰えている。イスラエルとの最新の戦争では深刻な打撃を受け、武装解除への道筋を含む停戦合意を受け入れざるを得なかった。

さらに、レバノン国内でヒズボラへの支持が大きく変わり、武装組織としての活動をやめるように公然と要求されている。

ヒズボラとイスラエルの戦争によってレバノン国内で約3700人が命を落とし、人口の約5分の1に当たる120万人が避難民となった。レバノンの経済損失は推定数十億ドルに上る。

シリア反政府勢力の突然の進撃が、イスラエルとヒズボラの停戦合意が発効した日に始まったのは、偶然ではない。

ヒズボラの部隊は疲弊し、多くの戦闘員がシリアから移動してレバノン南部の国境の強化に回っている。イスラエルとヒズボラの戦争に巻き込まれたイランもアサドを支援する余裕がないことを承知で、反政府勢力は攻勢に出たのだ。

「イスラエルに死を」の絆

newsweekjp20241220022103-bc763e61ec95d12c483d3fa40bd13b23f07b566f.jpg

テヘランで会談するアサド大統領(当時、左)とイランの最高指導者アリ・ハメネイ師(24年5月) OFFICE OF THE IRANIAN SUPREME LEADERーWANAーREUTER

ヒズボラやシリア、イラクなど親イラン勢力から成る「抵抗の枢軸」はドミノ倒しのように崩壊している。イランはシリアとレバノンに対する確固たる支配を間違いなく失った。

そもそも、イラン、シリア、ヒズボラの関係を強固なものにしたのは、シリアで内戦が勃発したことだった。

「アラブの春」はシリアにも波及し、反アサドの抗議運動が首都ダマスカスなど主要都市に広がった。アサド政権の応戦は残忍だった。

抗議者に向けて発砲するよう政府軍の兵士に命じ、何千何万という男性や少年を拘束し拷問した。

国際社会は激しく非難した。しかし、アサドはイランとヒズボラの支援を受けて政権を維持してきた。ヒズボラの戦闘員に加えて、イラン革命防衛隊もアサドに助言し、政府軍と共にシリア国民と戦った。

これはイランとその代理勢力のヒズボラにとって、地域の「イラン化」、すなわちイラン革命のイデオロギーの拡大と、シリアとレバノンのシーア派国家化を促進するものとなった。

シリアはイスラム教スンニ派が多数を占め、アサド一族の下で少数派のシーア派系アラウィ派が統治してきた。ヒズボラはシーア派のテロ組織だ。

パレスチナ問題も三者の関係を強化する要因となった。イランが79年のイスラム革命以降、掲げてきた「イスラエルに死を」という信条は、アサド政権とヒズボラの戦闘員が共有する感情でもある。

アサドのシリア、イラン、ヒズボラを結び付けたものは、急進主義と、地域を統治するという願望だけではない。彼らは経済的利益も共有しており、違法物資の密売で利益を得ている。

特に、アサドとイランの支援によりシリアで大量に生産されているカプタゴンは、国際社会の制裁が厳しくなったアサド政権にとって重要な収入源だった。

カプタゴンはヒズボラが支配するレバノンの空港と海港を通じて湾岸諸国に広まった。

2023年にシリアがアラブ連盟への復帰を果たした際、アサドは地域でカプタゴンの密輸先をコントロールすることと引き換えに、サウジアラビアに圧力をかけた。

翻弄され続けたレバノン

レバノンでヒズボラが頓挫し、シリアでアサド政権が崩壊したことで、地域の「イラン化」は少なくとも足踏み状態となった。しかし、アサド一族による54年間の独裁は、隣国レバノンにも長い破壊の足跡を残した。

1976年6月、シリアはレバノン内戦を終結させるためとして2万5000人以上の兵士を派遣。一時的な駐留は30年以上に及んだ。

90年に内戦が終結した頃には、シリアはレバノンの領土と内政、外政を完全に支配していた。行方不明や違法な拘束、拷問、政界の要人やジャーナリストの暗殺など深刻な人権侵害が報告された。

2005年2月、レバノンにおけるシリアの覇権に公然と反対していたラフィク・ハリリ首相が暗殺された。これにはアサドやシリア高官が深く関与したとされている。

ハリリの暗殺は「杉の革命」の引き金となり、数十万人のレバノン市民が抗議デモを繰り広げ、シリア軍は撤退を余儀なくされた。しかし、シリア政権はヒズボラを通じてレバノンの政治に干渉し続けた。

ヒズボラは政治・軍事組織へと発展し、政府にも強い影響力を持つようになり、シリアとイランの利益に反する決定をことごとく阻止してきた。

例えば、シリア政権を支持しない大統領候補を認めず、レバノンは長期にわたり大統領不在という政治的空白が一度ならずあった。

ヒズボラは、レバノン国内ではイランの庇護を受けて活動を続けられるかもしれないが、アサドの失脚で重要な補給ルートを断たれる。シリアがいなければ、ヒズボラはイランの戦闘員や武器を迅速に入手できない。

そして、レバノンとイスラエルの停戦合意は、ヒズボラの武装解除を求める国連決議にレバノンが従うことを再確認するものだ。

新しいシリアがどのような国になるかは分からないが、少なくとも今は、シリアとレバノンの国民は喜んでいいだろう。

数十年にわたる残忍な支配とヒズボラによる虐待に苦しんできた彼らにとって、多大な苦痛を与えてきた張本人は去った。

The Conversation

Mireille Rebeiz, Chair of Middle East Studies and Associate Professor of Francophone and Women's, Gender and Sexuality Studies, Dickinson College

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、米国に抗議 台湾への軍用品売却で

ワールド

バングラデシュ前首相に死刑判決、昨年のデモ鎮圧巡り

ワールド

ウクライナ、仏戦闘機100機購入へ 意向書署名とゼ

ビジネス

オランダ中銀総裁、リスクは均衡 ECB金融政策は適
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中