最新記事
ニジェール

ニジェール政変の大きすぎる代償...西側の懸念は新たな軍事政権による「ロシアとワグネルへの支援要請」

Setback for the West

2023年8月7日(月)14時20分
レオナルド・ビジャロン(米フロリダ大学)
ニジェールでクーデターを起こした軍事評議会のメンバー

ニジェールでクーデターを起こした軍事評議会のメンバーがニアメのスタジアムでの集会に出席 REUTERS/Mahamadou Hamidou

<対テロ戦争に協力的な民主化の優等生国家が、謎のクーデターで突然、将軍たちの支配下に。サハラ南部がいっそうロシア寄りになるリスクが>

西アフリカの内陸国ニジェールではモハメド・バズム大統領が7月26日、自身の警護隊に拘束されて失脚。28日にアブドゥラハマヌ・チアニ将軍が全権掌握を宣言した。国際社会はこの動きを強く非難し、民主主義的体制に戻すよう呼びかけている。

この国はどうなるのか。今後予想される進展について、米フロリダ大学の政治学者で西アフリカ専門家のレオナルド・ビジャロンに話を聞いた。

◇ ◇ ◇


──クーデターの背景は?

軍の内部にも、軍上層部と文民政権の間にも確執めいたものはあったが、クーデターが起きたのは全くの予想外だった。私は6月にニジェールにいたが、政変が起きそうな兆候はなかった。近年クーデターが相次いだ隣国のマリ、ブルキナファソとは異なり、大規模なデモも政権交代を求める民意の高まりもなかった。

7月26日にバズムが警護隊に拘束された際は、何が起きたかにわかに理解できず、政権が崩壊するかどうかも分からなかった。軍事クーデターは軍の残りの兵士たちが実行グループを支持しないと未遂に終わる。その場合は内戦が勃発する危険性があるが、ニジェールはそうならず、少なくとも今のところは無血クーデターとなっている。誰が実権を握るかで内輪もめはあったにせよ、将軍たちはこぞってこの企てを支持したようだ。

──影響は?

無血クーデターとはいえ、ニジェールとこの地域に壊滅的な影響を及ぼすだろう。

ニジェールは世界でも最も開発の遅れた国の1つで、貧困率は高く、政情不安と度重なる政変にたたられてきた。

だが近年は、この地域では比較的安定した国家となり、2012年に隣国マリでクーデターが起きて以来、この地域で激化したテロと紛争に対処する上で、西側の重要なパートナーともなっていた。

そもそもマリで政変が起きたのは、前年にNATOがリビアに介入し、同国の独裁者ムアマル・カダフィを倒したことがきっかけだ。カダフィ失脚により、この地域は一気に不安定化した。

そうした状況下でも、ニジェールでは2年前に初めて民主的な手続きによる政権移行が実現した。完璧に公正な選挙とは言い難いが、これは大きな成果と見なされたし、実際そうだった。だからこそ、今回の政変は大きな痛手だ。ここ数年少しずつ民主的な体制づくりが進んできたが、元のもくあみになった。

その影響は地域全体に及ぶ。隣国マリとブルキナファソは旧宗主国のフランス、さらには西側に背を向け、ロシアに接近してきた。もう1つの隣国チャドは、(大統領の死後に発足した暫定軍事政権の下で)民政移管を行うことになっているが、思うように進んでいない。

こうした周辺国とは異なり、ニジェールはイスラム過激派の暴力が吹き荒れるサハラ砂漠南部のサヘル地域にあって、文民統治の現実主義的な国であり、(西側の重要な)パートナーと見なされてきた。だが新たな軍事政権下でもそうなる保証はない。

──過去の政変との違いは?

その点は非常に興味深い。ニジェールでは過去にもクーデターが繰り返されてきたが、これまでは軍部の政治介入もやむなしと言えるような事情や、何らかの理屈で介入を正当化できるような事情があったが、今回は違うようだ。

1974年に起きた最初のクーデターの背景には、サヘル地域を襲った深刻な干ばつと飢餓がある。そのため独立後に誕生した政権に対する国民の不満が高まり、それを口実に軍部が政権を奪取した。

その後の96年、99年、10年のクーデターはいずれも、その時々の政治的危機により引き起こされた。96年の政変は、93年に発足した民主的な政権が司法当局と対立し機能不全に陥ったことに端を発する。

しかし新たに発足した軍政は公約を果たせず、3年後には大統領が暗殺され、軍部の別の一派が実権を握った。

その後1年以内には新憲法が成立し、民政移管が実現した。だが残念ながら新大統領のタンジャ・ママドゥは2期10年の任期を務め上げた後も憲法を変えて政権の座にとどまろうとした。そのため10年に再び、兵士たちが大統領宮殿を襲い、流血の銃撃戦の末、大統領を拘束した。

今回のクーデターは例外だ。バズム政権が発足してまだ2年。21年の大統領選でバズムは治安改善、教育への投資、腐敗一掃を公約に掲げ、就任後に一定の成果を上げてきた。国民の不満が高まっていたわけでもないのに、軍部が力ずくで政権を奪取したのだ。

──今後はどうなる?

非常に読みにくい。首謀者たちは憲法を停止し、国境を封鎖した。だが長期的に何がしたいかははっきりしない。

マリとブルキナファソでは、旧宗主国フランスが諸悪の根源とされ、政変の首謀者たちはロシアの支援に頼り、民間軍事会社ワグネルの軍事的な支援を受け入れている。

西側とニジェール国内の多くの人々が懸念しているのは、新たな軍事政権が自分たちの企てを正当化するために、「ニジェールにおける民主主義の実験は失敗だった」と宣言し、隣国同様、ロシアとワグネルに支援を求めることだ。

ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジンは既に西側の植民地支配からの解放だとしてクーデターを支持し、(秩序回復のため)ワグネルの戦闘員の派遣を申し出ている。

──この地域におけるアメリカの利益に対する打撃は?

ここ数年、アメリカにとってニジェールはサヘル地域における最も信頼できるパートナーだった。この地域のテロ対策の重要拠点と位置付けられ、マリとブルキナファソがロシア寄りになったことで、その重要性は一層増していた。

チャドも重要なパートナーだが、イドリス・デビ前大統領が21年に死去するまで30年間強権支配を敷いていたため問題が多い。息子のマハマト・デビが後を継ぎ、民政移管を行うと言っているが、自らが政権を握る腹のようだ。

チャドとは警戒しつつ付き合う関係だが、ニジェールは民主化の優等生であり、オープンで現実的かつ友好的なアメリカの盟友とみられていた。

今後の展開は不透明だが、この地域におけるアメリカの利益に深刻な打撃が及ぶ危険性はある。だが何より気がかりなのはニジェールの試みが大きく後退することだ。この国は安定した民主的な体制を築き、世界で最も貧しい地域の1つであるサヘル地域に平和と安定をもたらして、人々の生活を改善する試みに挑み始めたばかりだった。

The Conversation

Leonardo A. Villalón, Professor of Political Science and African Studies, University of Florida

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


食と健康
消費者も販売員も健康に...「安全で美味しい」冷凍食品を届け続けて半世紀、その歩みと「オンリーワンの強み」
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

米国務長官、カタールに支援継続呼びかけ イスラエル

ビジネス

NY州製造業業況指数、9月は-8.7に悪化 6月以

ビジネス

米国株式市場・午前=S&P・ナスダックが日中最高値
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 8
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中