最新記事
中東

イスラエル極右政権の復権と報復の連鎖──止まらない民衆間の暴力

2023年6月27日(火)12時55分
錦田愛子(慶應義塾大学教授)

新たな展開の契機

こうした緊張の高まりの背景には、昨年末のネタニヤフ政権の復権がある。オルタナティブとして政権を握ったナフタリ・ベネット首相の早期退陣を受けて、イスラエル史上最長政権を記録したリクード党のベンヤミン・ネタニヤフは2022年12月29日、再び首相に帰り咲くこととなった。

今期のイスラエル内閣では、リクード党がこれまでと同様に宗教政党のシャスと統一トーラー党と組んだだけでなく、極右と位置付けられる「ユダヤの力」党および「宗教シオニズム」党もまた与党に組み込まれた。これによりかろうじて過半数を超えて成立した現在のイスラエル政権は、史上最も右寄りのタカ派政権と呼ばれている。

右派の「宗教シオニズム」は選挙戦当時から、イスラエルの司法を「左翼に独占されている」と批判しており、組閣後早々に司法改革案を提示した。これらの法案は、最高裁をはじめとする司法の権限を、立法の権限拡大により制限しようとするもので、大きな反発を招いた。

イスラエルは中東諸国の中でも安定した民主主義を確立した国としてその立場を誇ってきたが、今回の司法改革は実現すれば三権分立という民主主義の根幹が揺るがされるとの危機感を招いた。

反対する人々が、イスラエルの国内各地で大規模な抗議集会を展開し、2023年1月から12週連続でデモが続くこととなった。おさまらない批判に対して、ネタニヤフ首相は法案の審議を一時延期することを発表した。その後、与野党間での合意が試みられてきたが成立には至らず、法案は再び提出されて抗議が再開する可能性がある。

こうしたイスラエル国内での抗議行動が国際的に注目を集める一方で、看過されてきたのがパレスチナ側との衝突の急増だ。極右政権の政治家の一部は、公然とパレスチ側との対立をあおっている。

国家安全保障大臣のイタマール・ベン=グヴィールは、かつて非合法化されたカハネ主義の支持を明言しており、着任直後の1月3日にはイスラーム教徒の聖地であるハラム・アッシャリーフを訪問してハマースを挑発する声明を出した。財務大臣と国防省内大臣を兼任するベツァルエル・スモトリッチは、1月8日にパレスチナ自治政府への付加価値税の送金を停止し、2月に起きたフワラ襲撃では「村を消し去れ」と入植者らをあおり呼びかけた。

こうした政治家個人による扇動ばかりでなく、ネタニヤフ新政権ではパレスチナ自治区内での入植地の拡大も計画されている。銃撃事件の起きたエリ入植地でも1,000戸の建設を進める案が承認された。パレスチナ人の権利を奪い生活圏を脅かす入植地の建設は、オスロ合意の際にも和平プロセスを崩壊させた要因のひとつとなっており、深刻な情勢の悪化をもたらす危険性をはらむ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 7
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 8
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中