最新記事

日本社会

「国に帰れ!」 東南アジア出身の店員に怒鳴るおじさん、在日3世の私...移民国家ニッポンの現実

2023年1月6日(金)14時36分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

私が小学生のころ、彼女は夫に不貞を疑われ、バリカンで頭を丸坊主にされた。記憶するかぎり、三度。だが生きた。買い物のときは坊主頭を隠すバンダナを巻き、私を自転車のうしろに乗せ、お買い得をもとめてスーパーと八百屋を赤い目でハシゴした。

良くも悪くも元気があふれ、感情の振れ幅が大きすぎ、ふた言目には「もう死ぬ!」と包丁を手にし、やがて怒りに疲れて泣き寝入りし、翌朝にはけろりと朝ごはんをこしらえる人。

都築の著作から十年あまり──。齢七十をとうにすぎてだいぶ丸くなった母は、今なおママとして多摩のスナックを切り盛りしている。新型コロナ禍のもとでは、営業自粛期間をのぞけば昼のカラオケスナックが主となった。お客さんとママの加齢にあわせた措置である。

戦後まもなく生まれた団塊世代の在日コリアン2世である彼女は、国民年金制度に加入するチャンスを逃した。そのぶん、お客さんの年金をスナックのお代としていただき、生計を立てているようなものだ。

都築の取材を受けた数年後、医師にCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の傾向を診断されたタバコ吞みの母は禁煙を誓い、持続可能なスナック経営のために店内も全面禁煙とすることを決めた。かっぷくこそ重量級のままだが、最近では物忘れが多くなり、転びやすくなった。彼女も、ついに老境の特徴がいちじるしくなったらしい。

だが、息子のセンチメンタルをいつでも裏切るのが母の真骨頂。コロナ禍前のある夜半、酔っぱらった彼女は勤めから帰ると、久しぶりに実家へもどっていた息子を「ふん」とせせら笑い、夜食を口にし、吠えた。

アイゴヤ(まったく)......。ひとつも儲かってやしないのに、スナックの家賃上げるっていうのよ? あのビルのオーナー、本当に憎らしい! あいつ、×××人よ。エラそうに、笑顔ひとつ見せないで家賃上げるだなんて。ばつが悪いときだけ「日本語ワカリマセ~ン」よ。ふざけてるじゃないっ! パボ・アニヤッ(バカじゃないのっ)? 国に帰ればいいのよ。私はおばあちゃんよ......。

酔いまかせに嘆き、涙を拭きふきするものだから、厚化粧の上で黒マスカラが目のまわりに躍る。憤怒の老パンダは夜食もそこそこ、テーブルにつっぷして寝入った。

かつての酔狂プロレスはどこへやら。ひと昔前はテーブルのご飯茶碗に顔をうずめて寝入ることもあったから、それよりはましだ。いずれにせよ、齢に迫らんばかりの体重の人をおんぶして布団に運ぶのは難儀である。

残った夜食をつまみながら、私は老母の啖呵を思いかえした。戦前からの移民の子孫である在日2世たる母が、「あいつ」こと新移民(ニューカマー)の×××人ビルオーナーを口さがなく難じた。実質的な移民国家ニッポンの首都の西郊で、真夜中に放たれたヘイトスピーチ。

スナックの最寄り駅からは、工場行きの専用バスが出ている。そこで働く外国人が駅前で列をなして到着を待つ光景は日常的だ。さびれたスナックのすぐそばで、ニューカマーたちはどっしり生きている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米特使がガザ訪問、援助活動を視察 「食料届ける計画

ビジネス

ドル・米株大幅安、雇用統計が予想下回る

ビジネス

米労働市場おおむね均衡、FRB金利据え置き決定に自

ビジネス

米7月雇用7.3万人増、予想以上に伸び鈍化 過去2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 2
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    ニューヨークで「レジオネラ症」の感染が拡大...症状…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 3
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経験豊富なガイドの対応を捉えた映像が話題
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 5
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中