最新記事

インドネシア

子ども32人含む125人の犠牲者を生んだサッカー場の惨事  「アモック」というインドネシア人の集団心理が背景に

2022年10月4日(火)12時33分
大塚智彦
サッカーのピッチに乱入したファン

定員無視、過剰警備、そしてインドネシア人特有の心理状態が事件を招いた 写真は動画から(2022年 ロイター/REUTERS TV)

<定員無視、過剰警備、そしてインドネシア人特有の心理状態が事件を招いた>

10月1日、インドネシア・ジャワ島東ジャワ州マランのサッカー競技場で、負けたチームの熱狂的ファンが試合後にピッチに乱入、警備の警察官らと衝突した事件は、32人もの子どもを含む犠牲者125人、300人以上の犠牲者が出る惨事となった。

事件は警察官らがピッチのファンやスタンドの観衆に対して催涙弾を発射し混乱が大きくなり、出口に殺到したファンが将棋倒しとなり多くが下敷きとなり圧死。

また負傷者の多くが催涙弾による失神、呼吸困難、目や喉の痛みを訴えているという。スタジアム周辺の病院や医療機関は負傷者でごった返し、収容・治療能力を越えていると周辺自治体の医療機関に協力を呼びかける事態となっている。

これまでの調査で、国際サッカー連盟(FIFA)が安全規則で禁じている「ピッチなどでの催涙弾の携帯・使用」が遵守されなかったことが警備上の問題とされ、インドネシア国家警察はマラン警察署長を解任するとともに事件当時スタジアムで警備にあたっていた警察官指揮官9人を停職とするなど処分を発表。ファンや市民の間で警察批判が高まることに警戒感を示している。

ジョコ・ウィドド大統領は「事件の真相究明のための捜査と再発防止」を進めるとともに「このような悲劇は今回を最後にするべきだ」として世界的なニュースとなった今回の事件への反省を示した。

「アモック」というインドネシア人の心理状態

今回の事件を考えるうえで忘れてはいけないのが「アモック(AMOK)」といわれるインドネシア人に多く見られる心理状態だ。「アモック」は元来マレー語で英語にも取り入れられ「逆上、興奮して暴れる、混乱、暴動状態」などの意味で使用される。

インドネシア人の個人個人は穏やかでフレンドリーな人が多く、特に今回事件が起きたジャワ島の民族である「ジャワ人」は性格温厚といわれている。

しかしそれはあくまで個人の話で、集団での興奮状態が一旦「発火」すると集団心理も作用してしばしば暴動、騒乱状態になり手が付けられなくなり、暴行、略奪、破壊そして殺人にまで発展する傾向がある。まるでインドネシア人のDNAにこの「アモック」が刷り込まれているかのようでもある。

さらに問題を複雑にしているのはインドネシア人市民や学生、労働組合員らによるデモや集会で盛り上がった状態のところへ、群衆を「発火」させようと平服で紛れ込んでいる「プロボカトール(扇動者)」と呼ばれる者の存在である。彼らは大半が兵士か警察官、金銭で雇われたヤクザで、治安部隊に投石、火炎瓶などを投じて意図的に混乱を激化させ、それによって当局に鎮圧の口実を作ってしまう。

1998年のスハルト長期独裁政権崩壊前後にインドネシア各地で起きた反政府運動では、治安当局はこうした「プロボカトール」を治安維持の手段として常用していた。「やられたのでやり返す」という理屈である。

今回のマランでの悲劇にこうした「プロボカトール」の存在は確認されていないが、試合終了後に地元の敗戦チームの監督がファンに謝罪したにも関わらず、ファン約3000人がピッチになだれ込んだという。

最初にピッチに飛び込んだファン、最初に警察官に突撃したファンが意図的ではないものの結果として「プロボカトール」の役割を果たし、騒乱が拡大したことは間違いない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中独首脳会談、習氏「戦略的観点で関係発展を」 相互

ビジネス

英賃金上昇率、12─2月は前年比6.0% 鈍化続く

ビジネス

出光、富士石油株を追加取得 持分法適用会社に

ワールド

アングル:「すべてを失った」避難民850万人、スー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 5

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 6

    キャサリン妃は最高のお手本...すでに「完璧なカーテ…

  • 7

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 8

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 9

    中国の「過剰生産」よりも「貯蓄志向」のほうが問題.…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入、強烈な爆発で「木端微塵」に...ウクライナが映像公開

  • 4

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 5

    ドイツ空軍ユーロファイター、緊迫のバルト海でロシ…

  • 6

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 7

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 8

    金価格、今年2倍超に高騰か──スイスの著名ストラテジ…

  • 9

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 10

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中