最新記事

インドネシア

子ども32人含む125人の犠牲者を生んだサッカー場の惨事  「アモック」というインドネシア人の集団心理が背景に

2022年10月4日(火)12時33分
大塚智彦

警備陣、主催者側にも問題点

今回事件が起きた試合はインドネシアのサッカー1次リーグの対戦で、地元チームと同じ東ジャワ州内のスラバヤのチームという好カードの試合だった。そのため主催者はスタジアムの定員3万8000人を大きく上回る4万2000人分のチケットを販売していたことが事件後に判明、問題となっている。

この定員無視もインドネシアでは常態化しており、大幅な定員オーバーで沈没して犠牲者を出している船舶事故が頻発している。

現在はなくなったが1998年前後まではバスや列車の屋根に無賃乗車する市民も多く、転落事故もたびたび発生し、この国の「風物詩」として海外メディアに取り上げられる状態が続いていた。

こうした定員無視、警察の催涙弾使用という禁じ手による過剰警備、そして「アモック」状態に陥ったファンという3つの要素が絡み合った結果として大惨事になったとの見方が有力視されている。

インドネシアは2023年に20歳以下の選手が競う「FIFAU-20ワールドカップ」の開催が予定されている。

国技ともいわれている(他の説もある)サッカーはボール1個と空き地があれば誰でも興じることが可能な国民的スポーツである。

全国の公園や空き地、草地では裸足で駆け回ってボールを一生懸命追いかける子供たちの姿が必ずみられる。

そうしたサッカーファンの子どもたちが32人も犠牲になった今回の事件は、インドネシアが国際的なサッカーの試合を開催する能力が本当にあるのか試されていると地元メディアは伝えている。

ジョコ・ウィドド大統領にとっても、インドネシアのサッカー協会や関係者とっても、子供たちやサッカーファンの期待を裏切らないよう今回の事件の複雑な問題点を検証して、真に有効な対策を打ち出せるかが問われている。

また、警察組織に対する「捜査のメス」がどこまで入るかも焦点となっている。

最近、警察少将による部下の射殺事件と同事件に国家警察の約100人が関係した組織的隠蔽工作、パプア地方で一般市民4人を殺害して遺体をバラバラにして川に投棄するという事件への警察官の関与と、インドネシアでは警察の不祥事が相次いで発覚。国民の間で警察の権威がこれまでなく失墜している。

それだけに警察の根本的改革を念頭にしたジョコ・ウィドド大統領の手腕も同時に問われている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、10日に有志連合首脳会議を主催 仏

ワールド

中国商務相、ロシア経済発展相と会談 経済・貿易を巡

ワールド

ブラジル大統領、トランプ関税を非難 プーチン氏との

ワールド

米中、一時的関税停止の可能性 週末の高官協議=スイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 2
    SNSにはトップレス姿も...ヘイリー・ビーバー、ノーパンツルックで美脚解放も「普段着」「手抜き」と酷評
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    教皇選挙(コンクラーベ)で注目...「漁師の指輪」と…
  • 5
    恥ずかしい失敗...「とんでもない服の着方」で外出し…
  • 6
    骨は本物かニセモノか?...探検家コロンブスの「遺骨…
  • 7
    「金ぴか時代」の王を目指すトランプの下、ホワイト…
  • 8
    ついに発見! シルクロードを結んだ「天空の都市」..…
  • 9
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 10
    中高年になったら2種類の趣味を持っておこう...経営…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 9
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中