最新記事

ハッキング

打ち捨てられた人工衛星をハッカーが乗っ取る、「認証いらなかった」

2022年8月23日(火)19時30分
青葉やまと

2020年に役目を終えた放送衛星がハックされた...... (写真はイメージ)NASA

<かつて放送衛星として使われていた衛星をジャックし、北米全域に任意の映像を放送した>

米ラスベガスで8月14日まで開催されたハッカーの祭典「DEF CON(デフコン)」で、ハッカー集団が衛星の乗っ取りに成功したと発表し、その詳細な経緯を公開した。豪テックサイトの「マザーボード」が報じている。

乗っ取りを行ったのは、ハッキング愛好家集団「シェイディー・テル」のカール・コッシェ氏とその他のメンバーたちだ。休止したカナダの放送衛星をハイジャックし、実際に地上に向けて任意の映画を放送したり、ハッキングイベントの様子をライブストリーミングしたりしている。

米科学誌のポピュラー・サイエンスによるとコッシェ氏らは、80年代のハッキング映画『ウォー・ゲーム』を衛星放送として送波したほか、情報セキュリティ会議「ToorCon」での講演をライブ配信するなどしている。さらに帯域に余裕があったことから、 専用の電話番号を発行し、大陸をまたいだ電話会議を行うことにも成功したようだ。

引退直後の衛星のセキュリティに着目

ターゲットとなった衛星は、「アーニク F1R」と呼ばれるカナダの放送衛星だ。2005年から使用され、15年の設計上の寿命を迎えたことで2020年に引退した。

一般に人工衛星は引退を迎えると、ほかの衛星との衝突を避けるため、墓場軌道と呼ばれる高高度の軌道に移行する。アーニク F1Rも墓場軌道へ移る予定だが、現時点ではまだ北米上空の静止軌道上に浮かんでいる。

乗っ取りを実証したコッシェ氏は、この段階にある衛星のセキュリティの状況に着目した。事業者による運用は終了しているが、墓場軌道へ上昇する前であれば地上からの電波が届き、放送機能の要求にまだ応えるのではないかと考えた。

そこで、事業者の許可を得たうえで衛星に信号を送ると、この読みは正しかったことが実証された。地上約3万6000キロの静止軌道上に浮かぶアーニク F1Rを経由して、任意の映像を北米の広域に配信することができたという。

一連のハッキングは、衛星のセキュリティ上のリスクを検証する研究目的で行われた。コッシェ氏らは事前に、侵入を試みる許可を衛星事業者から得ている。北米大陸のほぼ全域をカバーする同衛星が乗っ取られたことで、悪意あるハッカーによる攻撃のリスクが浮き彫りになった。

認証不要、衛星に電波を送るだけ

衛星に放送を行わせるのに際し、認証はとくに必要なかった模様だ。コッシェ氏はマザーボードに対し、「基本的に衛星は送られてきた信号を(地球に向けて)送り返すだけです。認証などはありません」と説明している。

「(衛星の)中継機をほかの利用者が利用している場合は、それよりも大きい声で叫ぶ(相手より大きな出力で送波する)必要があります。ですが、ほかに誰も使っていなければ、ただ(送られてきた信号を)送り返すだけです。」

衛星へ電波を送るにあたり、さすがにハッカー集団は自前で送信設備を用意することができなかったようだ。事業者の協力を得て、送信設備を借り受けている。衛星の運用停止に伴い施設はすでに閉鎖されていたが、「Hack RF」と呼ばれるわずか300ドル(約4万円)のソフトウェア無線機を接続するだけで、再び衛星との通信に成功したという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

リクルートHD、求人情報子会社2社の従業員1300

ワールド

トランプ氏の出生権主義見直し、地裁が再び差し止め 

ワールド

米国務長官、ASEAN地域の重要性強調 関税攻勢の

ワールド

英仏、核抑止力で「歴史的」連携 首脳が合意
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中