世界初、鳥の言葉を解読した男は研究のため東大助教を辞めた「小鳥博士」

2022年6月18日(土)12時38分
川内イオ(フリーライター) *PRESIDENT Onlineからの転載

前述したように軽井沢の森のなかには80種類以上の鳥が生息しているが、そのなかでもシジュウカラが多く、観察しているうちに「ずいぶん複雑な鳴き声をしているな。鳴き声の多様性がほかの鳥と比べてもずば抜けている」と感じた。

鳴き声に注目しながら身を潜めて観察していた時に、ハッとした。複数のシジュウカラが、エサ台に置かれたひまわりの種を食べに来た。そのうちの1羽が「ヒーッ!」と鳴いた瞬間、一斉に藪のなかに飛び去った。その1秒後、タカがエサ台に舞い降りてきた。シジュウカラを捕獲して食べるタカは、天敵だ。この時、鈴木は「タカが来たことを知らせたんじゃないか⁉」と感じた。

newsweek_20220617_220150.jpg

ヒーッ(タカだ!)と聞いて空を見上げるシジュウカラ 写真提供=鈴木さん

この時、「もっと鳴き声の種類を調べてみよう」と考えた鈴木は、ひまわりの種をほかの場所に蒔(ま)いてみた。ほかの草木に紛れて、シジュウカラはなかなか気づかない。1時間待ち、2時間が過ぎた。それでもじっと待っていたら、1羽のシジュウカラが飛んできて「ヂヂヂヂッ」と鳴いた。すると、次々にシジュウカラが集まってきた。

鳥の図鑑には、シジュウカラの「ヂヂヂヂッ」という鳴き声は「警戒を表す」と書かれていたが、仲良くひまわりの種を啄(ついば)んでいる様子を見て、「そんなわけない」と思った。そして、「これは仲間を呼ぶ声に違いない。図鑑を正そう」と決めて、卒業論文のテーマに据える。

「どうやって証明したらいいんだろうと考えました。それで、ヂヂヂヂッという声を録音して聞かせた時に寄ってくるかどうか、調べました」

実験してみると、録音した鳴き声でもシジュウカラが集まってくる。サンプルとして録音したほかの声では、集まってこない。

「これはやっぱり、集まれという意味だ」

そう確信して卒業論文を書いた鈴木は、大学院に進み、シジュウカラの研究を深めていく。

200以上のパターンを集めて見えてきた"法則"

そもそも、シジュウカラの鳴き声はどれだけの種類があるのか。鳴き声を収集し始めると、200パターン以上あることがわかった。これらがなにを表しているのか解き明かすには、ひたすら観察するしかない。幸い、何時間も動物の行動を見続けるのは、少年時代からの得意技だ。

森のなかに、シジュウカラが巣を作るように28ミリの穴を開けた巣箱を作り、ひとりで80個を設置。毎日、毎日、巣箱を見て回っているうちに、肉食で天敵のモズが現れると、2パターンの反応をすることがわかった。

ある時は、1羽のシジュウカラが「ピーツピッ」と鳴く。それを聞くと、ほかは周囲をキョロキョロとし始める。これを「警戒せよ」と仮定する。

別の時は、「ピーツピッ、ヂヂヂヂッ」と鳴く。二語を合わせると「警戒せよ、集まれ」になるこの言葉を耳にすると、シジュウカラはいつも複数で群がり、モズを追い払う。モズの剝製を置いて実験した時も同様に2つの反応を示し、博士課程に進学していた鈴木は、「すごい! ふたつの言葉を組み合わせて使っている!」と驚愕(きょうがく)した。

もし、これが「二語文」ならルールがあるはずだ。そう仮定し、録音した音声で「ピーツピッ、ヂヂヂヂッ」と鳴らすと、複数のシジュウカラが集まってきて、周囲を警戒するような仕草(しぐさ)を見せた。そこで言葉を逆にして「ヂヂヂヂッ、ピーツピッ」と鳴らすと、なんの反応も示さなかった。ということは、語順を認識しているのだ。

シジュウカラが警戒するときの鳴き声のサウンドスペクトラム

提供=鈴木さん

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ政権、零細事業者への関税適用免除を否定 大

ビジネス

加藤財務相、為替はベセント米財務長官との間で協議 

ワールド

トランプ米大統領、2日に26年度予算公表=ホワイト

ビジネス

米シティ、ライトハイザー元通商代表をシニアアドバイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中