最新記事

人権問題

不妊手術強制に補償を! 欧州トランスジェンダーの闘い

2022年5月18日(水)17時40分
アムステルダムの市役所に変更申請に訪れたトランスジェンダーの人々

妻が最初の子どもを出産したとき、ツェポ・ボルウィンケルさん(60)は喜びの一方で辛い記憶を噛みしめていた。写真は2014年7月、法的性別変更に必要な要件として「不妊手術」等を義務付けた旧法の撤廃を受け、アムステルダムの市役所に変更申請に訪れたトランスジェンダーの人々(2022年 ロイター/Cris Toala Olivares)

妻が最初の子どもを出産したとき、ツェポ・ボルウィンケルさん(60)は喜びの一方で辛い記憶を噛みしめていた。ドイツ在住のトランスジェンダーであるボルウィンケルさんは、1990年代に法的に性別を変更するため不妊手術を受けざるをえなかったからだ。

ドイツの啓発団体である連邦トランスジェンダー協会(BvT)によれば、2011年にその義務が撤廃されるまで、少なくとも1万人が不妊手術を受けた。社会的な反発が強まっているにもかかわらず、欧州にはそうした措置を義務付ける国が複数残っている。

ライフコーチとして働くボルウィンケルさんが出生時に割り当てられた性は女性だった。トムソン・ロイター財団の取材に対し、「できれば、私が子どもを産めればよかったと思う」と語る。「(妻と)同じように出産できてもいいはずなのに」

ボルウィンケルさんは人称代名詞として「they/them」を使う。法的に男性として認められたことで「生きる力を得た」と言うが、子どもを産む能力を犠牲にせざるをえなかったことは嘆いている。

「私にとっては、法的なジェンダーを変えるか自死するか、2つに1つの選択だった。だから手術を受けたが、その代償は非常に大きかった」と語るボルウィンケルさんは、1980年制定のトランスセクシャル法をめぐる補償を求める約3年に及ぶ戦いの先頭に立った1人だ。

補償に踏み切った最初の国はスウェーデンだ。法的なジェンダー認定プロセスの一環として不妊手術を受けたトランスジェンダーの国民数百人に対して、約2万2000ドル(約286万円)相当の補償を行うことで2018年に合意した。

2年後にはオランダがこれに続き、政府の謝罪とともに5000ユーロ(約69万円)の補償を提供した。

そして今、社会民主党、緑の党、自由民主党の連立によるドイツの新政権も、同様の補償措置を計画している。

ベルリンを本拠とする人権擁護団体「トランスジェンダー・ヨーロッパ」によれば、運動関係者は、ドイツの変化を契機として、フィンランドやチェコ、ルーマニアなど、今もなおジェンダー変更のために不妊手術を義務付けている国々でも変革が加速するのではないかと期待しているという。

プラハを拠点にチェコにおける不妊手術義務付けに反対する運動を進めているトランスジェンダー人権擁護団体「トランスペアレント」の共同創設者ビクトル・ホイマン氏は、「ドイツの変化は私たち、そして私たちの国にとって、とても大きな意味を持つだろう」と語る。

しかし3月末には、チェコの憲法裁判所が、不妊手術を受けずに法的なジェンダー認定の変更を求めたトランスジェンダーの訴えを退けた。

ホイマン氏は「私たちが期待しているのは外国からのシグナルだ」と語る。

強制離婚

ドイツ政府は、「強制的な離婚」を経験したトランスジェンダーに対する補償も検討中だ。

ドイツでは2009年まで、既婚者が法的なジェンダーの変更を希望する場合には、配偶者との離婚及び1年間の別居が必要とされた。

BvTの理事を務めるフランク・クルーガー氏は、トランスジェンダーに対する離婚・不妊手術の義務付けについて、「ドイツの政治家たちは、同性婚から社会を『守り』、トランスのカップルが子どもを持つ可能性を避けたいと考えていた」と語る。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

カタールがLNG輸出で「不可抗力宣言」、通常生産再

ワールド

イラン製無人機への防衛で米などが支援要請=ゼレンス

ワールド

イラン、米国へのメッセージ巡るアクシオス報道を否定

ワールド

ホワイトハウス「スペインが米軍との協力に同意」、ス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られる」衝撃映像にネット騒然
  • 3
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    「外国人が増え、犯罪は減った」という現実もあるの…
  • 6
    「イランはどこ?」2000人のアメリカ人が指差した場…
  • 7
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    戦術は進化しても戦局が動かない地獄──ロシア・ウク…
  • 10
    核合意寸前、米国がイラン攻撃に踏み切った理由
  • 1
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからくりとリスク
  • 2
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 9
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 10
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中