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ウクライナ情勢

「米欧が一線を超えた」と懸念する声も ロシア弱体化を狙う危険な賭け

A DANGEROUS ESCALATION

2022年5月13日(金)17時05分
マイケル・ハーシュ(フォーリン・ポリシー誌上級特派員)

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5月9日の対独戦勝記念日を前に、儀礼飛行のリハーサルを行うロシア軍機 MAXIM SHEMETOV-REUTERS

アメリカとNATOの新戦略には、ウクライナが引き続きロシアを撃退することが含まれる。実際、プーチンはウクライナ全土の支配をひとまず断念して、東部と南部に戦力を集中しているとされる。

これを受け、NATO諸国は軍事支援を強化してきた。ドイツのオーラフ・ショルツ首相は4月末、ウクライナに対空戦車50両を供与することを発表した。

停戦の成立はさらに望み薄

だが、軍事専門家の間では、この戦略転換により、アメリカと欧米諸国は「一線を越えた」のではないかと懸念する声もある。

バイデンは当初、大型兵器の供給や飛行禁止区域の設定など、本格的な戦争関与と見なされかねない支援を断固否定していた。それが今回の追加支援と新たな経済制裁表明で大きく変わった。

プーチンは、戦闘継続か降伏かの究極の選択を迫られると、一部の専門家は懸念する。

だが、プーチンは約20年前に権力を握ったときから、「強いロシアの復活」を目標に掲げてきた。ジョージア(グルジア)やウクライナなど近隣諸国への侵攻はその目標達成の一環であり、これまで一度侵攻した場所から手を引いたことはない。

「向こうから見れば、欧米がロシアを転覆しようとしているように見える。今まではそう見えただけだが、今ははっきり宣言された」と、米戦略国際問題研究所(CSIS)のヨーロッパとロシア専門家であるショーン・モナハンは語る。

「さらにバイデンは、3月のポーランドでの演説で、プーチンは『権力の座にとどまることはできない』と発言しており、ロシアのウクライナ獲得を目指す領土紛争は、幅広い対立へと発展した。これで交渉に基づく和解による解決を図るのは困難または不可能になったかもしれない」

元CIAロシア分析責任者のジョージ・ビービも、「アメリカにとって最重要な国益は、ロシアとの核戦争を回避すること」だが、バイデン政権はそれを忘れているのではないかと懸念する。

「万が一負けることになれば、ロシアは全世界を道連れにする能力がある。われわれは今、そこに向かっている恐れがある」

プーチンは4月末、アントニオ・グテレス国連事務総長に対し、交渉による解決を望んでいると示唆したが、今となってはそれも困難または不可能になった可能性がある。

「ロシアを弱体化させることと、それを公言することは全く違う」と、欧州の上級外交官は匿名で語った。「プーチンがのめる政治的解決の条件を探るべきときに、弱体化の意図を公言するのは賢明とは思えない」

元米高官で、現在はジョージタウン大学教授(国際関係学)のチャールズ・カプチャンも「(ウクライナに兵器を)供与する段階から政治的な解決に向けて協議する段階に移行すべきだ」と主張する。

「停戦協議がまとまれば、制裁を解除する用意があることを裏ルートでロシア側に伝える必要がある」と言うのはビービだ。「ウクライナへの軍事支援はロシアを交渉の場に引き出すテコとしても使える」

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