最新記事

エチオピア

ノーベル平和賞の「価値」は? 首相の失政続きで国内は悲惨な状況に──エチオピア

Dual Threat for Ethiopia

2021年11月11日(木)12時18分
コルム・クイン
政府軍兵士と政府側民兵

TPLFの捕虜となり、連行された政府軍兵士と政府側民兵たち(今年10月)AP/AFLO

<首都に迫るティグレ人勢力TPLFの攻勢に空爆で応じるアビー首相だが、内戦激化と経済危機を招くのみ>

内戦が続くエチオピアでは、北部ティグレ州を拠点とする旧支配勢力ティグレ人民解放戦線(TPLF)が首都アディスアベバにあと300キロほどまで迫り、アビー・アハメド首相は11月2日、全土に非常事態宣言を発令した。

アビー首相は首都の住民にTPLFの侵攻に備え武器を取って自警団を組織するよう呼び掛け、テレビ演説で訴えた。「祖国のために死ぬことはわれわれ全員の義務だ」

紛争終結や民族融和の功績が評価され、2019年にノーベル平和賞を受賞したアビーだが、昨年11月TPLFの攻撃に対する報復として政府軍にティグレ州攻撃を命じた。

政府軍はティグレ州の州都メケレを制圧。だが約半年で撤退を余儀なくされ、今年6月、一方的に停戦を宣言した。合意なき停戦がすぐに崩れたことは言うまでもない。

政府軍の戦略は初めから間違っていた

TPLF鎮圧を目指す政府軍の戦略はそもそもの初めから間違っていた。ティグレ人は少数民族ながら何十年もエチオピア政府で主導権を握ってきた。かつての政府軍も司令官の多くはティグレ人が占め、その一部は現在TPLFに協力している。彼らなら政府軍の戦術を出し抜く作戦立案はお手のものだ。

有力シンクタンク・国際危機グループの上級アナリストでエチオピア専門家のウィリアム・デービソンによれば、今年7月以降、訓練を積んだティグレ人部隊は攻勢を強め、政府軍の士気低下に乗じて、着々と支配地域を広げてきた。

エチオピア空軍は10月半ばからティグレ州への空爆を開始したが、その成果は疑わしい。空爆は政府軍の技術的優位を見せつけたが、民間人を標的にしたと非難された上、TPLFの進軍を阻止する効果はほとんどなかった。

「TPLFは今も歩兵中心の部隊で、標的にすべき重要な兵器工場や訓練施設など存在しない。(空爆をしても)ティグレ人の怒りをあおるだけで、特に得るものはない」と、デービソンは指摘する。

TPLFがすぐにも首都に攻め入ることはないにせよ、アビー政権を締め上げる手段はほかにもある。内陸国のエチオピアにとってジブチ港に至る陸路の交易ルートは命綱だ。TPLFは最近このルート上の要衝の町を制圧した。それにより首都を兵糧攻めにでき、飢餓に直面しているティグレ州の推定40万人のために援助の食料を確保できる。

段階的な緩和を目指すしかない

さらにアビーを悩ませるのは、米政府がティグレ州における人権侵害を理由にアフリカ成長機会法(AGOA)に基づく特恵待遇からエチオピアを外すと発表したことだ。

これは些細な脅威ではない。アビーの通商経済顧問を務めるマモ・ミレトゥは先月、フォーリン・ポリシー誌に寄稿し、AGOA適用除外はエチオピアの製造部門を「存続の危機」にさらすと訴えた。

勢いに乗ったTPLFが首都に迫るなか、米政府から経済的な大打撃となる制裁措置を突き付けられたアビー。彼が取るべき最善の選択肢は対立の段階的な緩和だろう。

「ティグレ人の抵抗は無視できないと認め譲歩の道を探るしかない」と、デービソンは言う。「このままでは破滅的危機に突入することになる」

From Foreign Policy Magazine

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

林官房長官が政策発表、1%程度の実質賃金上昇定着な

ビジネス

アングル:FRB「完全なギアチェンジ」と市場は見な

ビジネス

野村、年内あと2回の米利下げ予想 FOMC受け10

ビジネス

GLP-1薬で米国の死亡率最大6.4%低下も=スイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中