最新記事

アート

圧倒的に保守的な土地で、「多様性」を前面に掲げて大成功した美術館

A Soldier in Culture Wars

2021年8月20日(金)11時24分
ハンク・ギルマン(本誌編集ディレクター)
クリスタルブリッジズ・アメリカンアート美術館

クリスタルブリッジズは「全ての人に開かれた美術館」を目指す IRONSIDE PHOTOGRAPHY/STEPHEN IRONSIDE

<ウォルマート創業家がアーカンソー州の田舎に造った美術館は、社会正義をワイルドに目指す>

クリスタルブリッジズ・アメリカンアート美術館は、2011年11月11日の開館当初から大きな話題を呼んできた。アメリカにこれほどの規模の美術館が誕生するのは数十年ぶりだったし、設立したのは世界最大の小売業ウォルマートの創業家当主アリス・ウォルトンだ。

いかにもお金をかけた独創的な建築は、超有名建築家のマシェ・サフディが手掛けた。

コレクションにもお金がかかっている。例えばウォルトンは3500万ドルを投じて、アメリカの風景画家アシャー・デュランドが1849年に描いた油絵を購入した(それほどの価値があるかについては議論がある)。

アーカンソー州ベントンビルという立地も話題になった。ウォルマート創業地の近くだからという理由は分かる。

だがアートの世界でアーカンソー州北西部といえば、文字どおりの空白地帯だ。そこにどれだけゴージャスな美術館を建て、どれだけ素晴らしい作品を金に糸目を付けず集めても、宝の持ち腐れに終わるのではないか──。

しかし、心配は無用だったようだ。開館10周年を迎えた今、クリスタルブリッジズ美術館は世界が認めるアートの殿堂となり、多くの来館者を集めている。

「アメリカ中部にも文化に対する高い関心があることは分かっていた。でも開館直後から、多くの人たちに受け入れられたことには驚いたし、励みになった」と、ウォルトンは語る。1年目の来館者数は予想の2倍を超える65万人、現在までにアメリカの全ての州と世界中から計530万人が訪れたという。

その大きな魅力の1つは、意識的に多様なアーティストの作品を収集してきた姿勢にもある。大昔の白人男性画家だけでなく、エイミー・シェラルドやラシド・ジョンソン、ナリ・ウォードなど、女性やマイノリティーの現役アーティストの作品が数多く集められているのだ(現代アートのセクションは、非白人作家の作品がほぼ半分を占める)。

クリスタルブリッジズ美術館は、「金持ちの道楽と思われていたが、権威ある美術館としての地位を確立した」と、ワシントン・ポスト紙の美術評論家フィリップ・ケニコットは18年に書いている。

社会正義を求める声明

コレクションだけではない。この美術館は、人種差別など社会的不公正に対して目を覚ますこと(最近アメリカで「ウォーク(woke)」と呼ばれるトレンドだ)を強く支持し、自ら実践している。

美術館のウェブサイトを見ると、開館時間などの基本情報やオンラインショップに交ざって、社会正義を訴えるページがいくつもある。

例えば、昨年の米大統領選の結果を覆そうとする暴徒が、ワシントンの連邦議会議事堂を襲撃した事件については、「暴徒たちが身に着けていた人種差別的なアイテムや、議事堂内に飾られている差別的な歴史を象徴する美術品は、私たちのやるべきことが山積みであることを思い起こさせてくれた」とある。

BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動を支持する声明には、「ミネアポリスやアトランタで明るみに出た偏見や特権が、アーカンソー州北西部に存在しないと考えるのは甘い」と書かれている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ネクスペリア中国部門「在庫十分」、親会社のウエハー

ワールド

トランプ氏、ナイジェリアでの軍事行動を警告 キリス

ワールド

シリア暫定大統領、ワシントンを訪問へ=米特使

ビジネス

伝統的に好調な11月入り、130社が決算発表へ=今
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中