最新記事

トレーニング法

世界のオリンピック選手支えた「Kaatsu(加圧)」トレーニング 寺での正座の痺れに着想

2021年8月10日(火)18時10分
青葉やまと

にわかに信じがたい効果だが、その作用は専門家も認めている。理学療法士のニコラス・ロルニック博士はCNNに対し、「血流抑制を行いながらの運動は、筋肉の量と強さの増強、痛みの緩和と回復促進、有酸素能力の改善と運動パフォーマンスの強化などの目的で行われている」と説明する。また、ニューヨーク・タイムズ紙は怪我の予防にも効果的だとし、「反復運動過多損傷のリスクを低減し、回復を早めることができる」と解説している。

脳の錯覚で効果を高める

加圧トレーニングが高い効果を生み出せるのは、血液の滞留によって脳の勘違いを引き起こすためだ。その詳細なメカニズムを、サイエンティフィック・アメリカン誌が解説している。加圧トレーニングは、静脈の血流を制限する「オクルージョン・トレーニング」と呼ばれるテクニックの一部に分類される。

オクルージョン・トレーニングを行うと、体内から心臓へ戻ろうとする血液の流れが遅延し、本来回収されるはずの乳酸がより長く筋肉に滞留することになる。すると血中の乳酸濃度の上昇を脳が検知し、あたかも非常に激しい運動を行っているように錯覚する。これにより、筋肉の増強や回復の促進、そして痛みの緩和などに寄与する各種物質をより多く分泌するよう、脳は指令を出しはじめる。体内ではふだんから、一酸化窒素や成長ホルモンなど有益な物質が分泌されているが、こうした物質の生成がより活発化するというしくみだ。

考案者の佐藤氏は2020年、研究者と共同で加圧トレーニングに関する論文を執筆し、応用生理学の学術誌である『ジャーナル・オブ・アプライド・サイコロジー』に掲載されている。少人数のグループを対象に加圧トレーニングを施し、強度の低い運動に加圧を組み合わせることで、血中の乳酸濃度が上昇することを確認した。以降、米サウスカロライナ大学運動化学学部のショーン・アレント学長など、複数の研究者がその効果を確認している。

リハビリ現場でも重宝

脳の勘違いを誘発して運動効果を高める加圧トレーニングは、リハビリの現場でも重宝されている。ロルニック博士はCNNに対し、痛みや術後の制限などの理由から、強度の高いリハビリを行えないケースは多いと説明している。加圧法は比較的低いトレーニング強度で大きな成果を引き出せることから、「血流制限トレーニングの浸透により、通常の条件で身体を動かすことが不可能な人々でも、ほぼ不可能であった期間内でさらなる強度と筋肉量を得る機会が生まれる」と博士は述べている。

なお、高血圧や血栓ほか、一部の既往症がある人には加圧トレーニングは向かない。また、神経の損傷などが起きる可能性があるため、専門家の指導を受けながら正しい方法で進めることが必要となる。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、加圧法は筋肉量の増大だけでなく、脂肪の燃焼にも効果的だと報じている。仏事の正座のしびれから誕生した加圧トレーニングは、世界のプロアスリートたちだけでなく、リハビリに挑む人々やごく一般的なスポーツ愛好家など、多くの人々の支えとなっているようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行融資、3月も低調 家計向けは10年ぶり

ビジネス

英アングロ、BHPの買収提案拒否 「事業価値を過小

ビジネス

ドル一時急落、154円後半まで約2円 その後急反発

ビジネス

野村HD、1―3月期純利益は前年比7.7倍 全部門
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中