2002年7月、東京で開催された就職説明会には約2500人の学生と60社が参加した REUTERS/Yuriko Nakao YN/RCS
2000年代初頭は、バブル崩壊による若年層の雇用状況の悪化に世間が注目しはじめた時期でした。当時の若年層が就職氷河期世代です。
私はそのころ、大学院に進学して専門分野を決める時期にあり、自分の世代の問題であるがゆえに強く興味を惹かれて労働経済学を専門とするようになりました。
2019年に政府が「就職氷河期世代支援プログラム」を立ち上げ、それに伴って氷河期世代についての報道が増えるなかで、今一度データをきちんと見てみようと思ったのが、本書を執筆する直接のきっかけでした。
コロナ禍の影響もあって思った以上に執筆に時間がかかってしまったのですが、結果としてたまたま、この世代の抱える問題に改めて世間の関心が高まってきたタイミングでの刊行となり、多くの方に手に取っていただけたのは、とても運が良かったと思っています。
就職氷河期世代の苦しい状況を取材したルポルタージュはこれまでもたくさん出版されてきました。2000年代の終わりには「ロスジェネ」という言葉が生まれ、すでに就職氷河期世代は不遇な世代であると広く認識されていたと思います。
実際に、上の世代に比べて所得が低く雇用も不安定な状況が、この世代が30代になって以降も続いてきたことは統計データからも明らかで、多くの論文や報告書、書籍などで既に報告されています。
本書もそれを改めて確認し、さらに氷河期世代よりも下の世代も決して改善はしていないことや、世代内の格差もやや拡大傾向であることをデータで示し、特に将来に不安を抱える層が具体的に世代人口の何パーセントくらいいるのかを推計したりもしました。
こうした指摘自体は目新しいものではありませんが、政治的・社会的関心が高まったタイミングで手に取りやすい新書の形で提供できたことで、昨年来の政策議論の盛り上がりに多少なりとも寄与できたのであれば著者として大変幸甚です。
それと同時に最近の一部の世論の過熱ぶりや、世代間対立を煽るような動きには若干の危惧を覚えています。客観的なデータに基づいて考えているつもりでもどうしても解釈に主観は入るもので、その意味で統計分析は決して万能ではありません。
それでも、ゼロか一かの極論に陥らないためにも、冷静に、なるべく科学的に正しいとされる方法で統計データを分析し、わかりやすい言葉で伝えていくのが私たち研究者の仕事なのだと思います。
これからも、氷河期世代問題に限らず建設的な議論の基盤になるようなエビデンスを提供できるよう、微力ながらも全力を尽くしたいと思います。
近藤絢子(Ayako Kondo)
1979年生まれ。コロンビア大学大学院(GSAS)経済学博士課程修了。PhD(Economics)。法政大学経済学部准教授、横浜国立大学国際社会科学研究院准教授などを経て、現在、東京大学社会科学研究所教授。著書に『世の中を知る、考える、変えていく』(編著、有斐閣)など。
土居丈朗氏(慶應義塾大学教授)による選評はこちら
『就職氷河期世代──データで読み解く所得・家族形成・格差』
近藤絢子[著]
中央公論新社[刊]
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