最新記事

中東

中東の「あり得ない」協力体制が現実に──新秩序の鍵は天然ガスにあり

A NEW MIDDLE-EAST ORDER

2021年7月27日(火)17時44分
シュロモ・ベンアミ(歴史家、イスラエル元外相)
イスラエル沖の地中海にある巨大天然ガス田

イスラエル沖の地中海にある巨大天然ガス田 AMIR COHENーREUTERS

<「仇敵」だったはずの国々で構成される東地中海ガスフォーラムは、中東における欧州石炭鉄鋼共同体になれるか>

中東の各地で、同盟関係に予想外のシフトが起きている。新たに出現中の構図は、この地域にどんな意味を持つのか。

変化の主な引き金はイランの影響力拡大だ。湾岸諸国はアメリカの消極姿勢を懸念し、イランに接近。同時に、イスラエルとの安全保障関係の深化に舵を切っている。

だが、要因はイランだけではない。地中海東部に位置するイスラエルやキプロス、エジプトの沖合ではこの約10年間、新たな天然ガス田の発見が続き、それがかつての敵同士を接近させている。

今や、東地中海では資源で結ばれたコミュニティーが誕生しつつある。2019年初頭にエジプトの首都カイロで設立の議論が始まった東地中海ガス・フォーラム(EMGF)は昨年末、キプロス、エジプト、ギリシャ、イスラエル、イタリア、フランス、ヨルダン、パレスチナ自治政府と、極めて異質のメンバーが構成する正式な政府間組織になった。

これを出発点に、東地中海で政治・経済的同盟が生まれると考えるのは飛躍し過ぎだろうか。だがエネルギー・安全保障上の同盟が、地域的な戦略的枠組みを生み出した例はある。EUの前身であるEEC(欧州経済共同体)の母体は、1952年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体だった。

新たな動きの中で目立つトルコの不在

イスラエルの場合、東地中海でのパートナー関係の深化路線には、それなりの理由もある。既にギリシャがイスラエルの天然ガスや防衛テクノロジー、軍事情報と引き換えに、イスラエル空軍に訓練目的での領空利用を許可している。中東の陸地で手にすることのなかった規模の戦略的縦深性(戦略的に利用可能な領土の広がり)を、イスラエルは東地中海で達成できるかもしれない。

こうした動きのなかで目立つのが、トルコの不在だ。海洋領有権問題で対立してきたギリシャとトルコは今、係争領域にあるガス田という火種を抱えている。

ギリシャは昨年1月にキプロス、イスラエルと、欧州に天然ガスを送る東地中海パイプラインの建設で合意した(これはEUが対ロシア依存を減らすことにつながる)。長年、東地中海と欧州を結ぶエネルギー回廊の中枢に自国を位置付けようとしてきたトルコにとっては非常に悪い知らせだ。

トルコのEU加盟は、現時点では行き止まり状態だ。中東での戦略的役割を拡大する取り組みもうまくいっていない。19年にリビアの暫定政府と両国間の排他的経済水域(EEZ)の境界を定める協定を結んだのは、東地中海でのトルコ抜きのガス田開発を阻止することが目的の1つだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

玉木国民代表「首相務める覚悟ある」、公明の連立離脱

ワールド

ノーベル平和賞、ベネズエラの野党指導者に マリア・

ワールド

イスラエル軍、ガザ一部地域から撤退開始 停戦合意受

ビジネス

アングル:正念場の「高市トレード」、株高機運の継続
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 5
    50代女性の睡眠時間を奪うのは高校生の子どもの弁当…
  • 6
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 7
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 8
    底知れぬエジプトの「可能性」を日本が引き出す理由─…
  • 9
    いよいよ現実のものになった、AIが人間の雇用を奪う…
  • 10
    米、ガザ戦争などの財政負担が300億ドルを突破──突出…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 9
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 10
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中