最新記事

香港

ゴシップと政治報道の香港紙「アップル・デイリー」はこうして死んだ

THE DEATH OF FREE SPEECH

2021年7月6日(火)11時30分
イアン・ブルマ(作家・ジャーナリスト)

アパレルビジネスを売却すると、壹週刊(ネクスト・マガジン)という週刊誌と、蘋果日報を創刊した。「私にとって、情報は自由を意味する」と、黎は語った。

とりわけ中国当局を怒らせたのは、黎が壱週刊に書いた李鵬(リー・ポン)元首相を批判した記事だ。

黎は、天安門事件で弾圧を指揮した李のことを「大ばか野郎」と非難したのだが、このとき「王八蛋(亀の卵の子)」という、特に侮蔑的な表現を使った。李は中国建国の父の1人である周恩来の養子と噂されており(李は否定)、その出自を連想させる語を使ったことが、当局を強く刺激したのだ。

中国政府は黎を、「国賊」「黒幕」「腐ったリンゴ」などと非難し、香港の民主派を支援する活動を、危険な国家転覆の試みと見なした。中国政府が歴史からもみ消そうとしている天安門事件を、黎がいつまでも持ち出すことも面白くなかった。

実のところ、香港の財界人が共産党の支配に反発し、民主主義を公然と支持するのは珍しい。多くの実業家は沈黙を守るか、中央政府に取り入ろうとすることのほうが多いのだ。

実際、多くの香港企業は、黎のメディアに広告を出すのをやめ、親中国紙は、黎を星条旗に巻かれた怪物に見立てたイラストを掲載した。

黎は身の危険にもさらされた。香港の自宅には火炎瓶が投げ込まれ、なたで脅され、どこへ行くにも尾行され、何をするにも監視された。

それでも黎は音を上げなかった。天安門事件の追悼イベントには毎年必ず顔を出し、民主化デモに参加し、イギリスやアメリカを訪問して、香港の自由を守る支持を訴えた。トランプ政権時代にマイク・ペンス副大統領に面会して笑われたが、民主党の議会トップであるナンシー・ペロシ下院議長にも会っている。

そして黎の蘋果日報は、ゴシップと真面目な政治報道をミックスした独特のスタイルで、香港になくてはならない言論の自由を体現した。

今、その声は奪われ、黎は香港市民が自由にものを言い、書く権利、法の支配、そして投票によって自分たちの政府を選ぶ権利を守ろうとした多くの人々と共に投獄されている。

香港の政治は多様だ。著名弁護士の李柱銘(マーティン・リー)は穏健な自由民主主義者で、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)は若き左派扇動者で、黎は共産主義を嫌悪してトランプをあがめる保守的なキリスト教徒だ。そうした違いにもかかわらず、彼らは手を取り合い立ち上がった。

民主主義が当たり前と思われている国では、小さな見解の違いが自由な政治を引き裂いている。だが、自由が奪われる危機に瀕している人々には、些細な違いに陶酔している余裕はないのだ。

©Project Syndicate

(※本誌7月13日号「暗黒の香港」特集では、「警察都市」化する香港の今をリポート。英国に逃れた民主活動家や「10万人」ともされる香港市民の現状も伝える。執筆:阿古智子〔東京大学大学院教授〕ほか)


ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、AI半導体「ブラックウェル」対中販売に

ビジネス

米ヤム・ブランズ、ピザハットの売却検討 競争激化で

ワールド

EU、中国と希土類供給巡り協議 一般輸出許可の可能

ワールド

台風25号がフィリピン上陸、46人死亡 救助の軍用
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 10
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中