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ディズニー映画から「本物の悪役」が姿を消したのはなぜ? いつから?

Disney’s Defanged Villains

2021年6月18日(金)17時42分
ジェシー・ハッセンジャー(カルチャー・ライター)

『クルエラ』の公開前には、いくら何でも「子犬殺し」を共感できるヒロインに仕立てるのは無理があるとの声も聞かれた。

だが、おなじみの物語を悪役側の視点から語り直すのは、今やお子様向けエンタメ作品の定番だ。それに『101匹わんちゃん』では犬たちはまんまと一味の魔の手を逃れ、さしものクルエラも1匹たりとも子犬を殺してはいない。

映画はヒロインが子犬殺しをたくらむ場面を避けようとすらしない。むしろ逆の方向に逃げを打つ。ヒロインの悪巧みを言い訳する努力すら放棄して、悪事は全てバロネスに押し付けるのだ。

そのためか、この映画にはどこか嘘くささが漂う。おなじみの悪役を再解釈するふりをして、新たな人気キャラを生み出したいだけではないかと勘ぐりたくもなる。ディズニーが自社アニメの悪役をいじるのは勝手だが、魅力的な女優にお決まりのギャグをやらせて悪を深掘りしたふりをするのはいかがなものか。

アニメの悪役を実写映画に登場させるだけで人気者になる──ディズニーはそう踏んだのかもしれない。

例えば『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で宇宙の半分の生命を消そうとするサノス。あれほど狂った殺人鬼も実写映画の悪役というだけで、「独自の哲学を持った」複雑なキャラクターになり得た。『バットマン』の不気味な宿敵ジョーカーも、ホアキン・フェニックスが演じることで豊かな陰影を持つ人物になった。

ビジュアルのほうが重要

こうした前例があれば、ディズニーがアニメの悪役を実写化するのは当然の成り行きだ。そこに深い意味なんてない。

それにしても、ディズニーの「13歳未満は保護者同伴」映画に出てくるワルっぽいヒロインたちは、邪悪さをただの「見た目のインパクト」に矮小化してしまった。クルエラの黒と白の髪、マレフィセントのとがった頰骨。彼女たちが働く悪事より、関連グッズに使えるビジュアルとブランド化のほうが重要らしい。

ファッション業界を中心にした『クルエラ』のストーリーは見掛け以上に賢い戦略なのかもしれない。極悪非道なヒロインだってちょっとだけ人間味を加えれば、子供たちが着るTシャツの絵柄になる? いや、最初からTシャツの絵柄になることを想定した人物造形なのかもしれない。

もちろん、一昔前のけなげでかわいいシンデレラばりのヒロインに回帰すればいい、というわけではない。ただ、世の無常を知って闇に落ちたふりすらしない悪役や、考慮すべき別の視点から悪役を描いたふりすらしない映画には異議を申し立てたいだけだ。

ストーン演じるド派手なクルエラはアニメが描くクルエラとは最後まで結び付かない。いや、そもそも結び付くはずがない。問題は製作側がその理由を理解しているか、だ。

現実世界では邪悪さはありふれた人間の一面にすぎず、そこには秘めた優しさなど期待できない。ディズニーはこの事実に目をつぶって自社の悪役キャラの誕生秘話をせっせと世に送り出している。

©2021 The Slate Group

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