最新記事

ルポ新型コロナ 医療非崩壊

医療崩壊を食い止めた人々がいた──現場が教えるコロナ「第4波」の備え方

THE GOOD “MAKESHIFTS”

2021年3月17日(水)17時30分
石戸 諭(ノンフィクションライター)
旭川市吉田病院、ジャパンハートの看護支援

北海道旭川市の吉田病院で看護の支援に入ったジャパンハートの宮田理香(左)と前田百合子看護師 COURTESY JAPAN HEART

<大病院から介護施設、開業医や救急医療まで、新型コロナウイルスの専門家でなくとも患者を救い続けた人々の知恵とは。石戸諭氏が現場を訪ね歩いた>

(本誌2021年3月2日号「ルポ新型コロナ 医療非崩壊」特集から全文を2回に分けて転載。本記事はその前編です)

一体なんのための緊急事態宣言だったのか。新型コロナウイルスの感染拡大で「医療体制」が逼迫しており、現場の負担を軽減させるためだったはずだ。メディア上では、現場を知る人々が「医療崩壊だ」「原点に立ち返り感染者数を下げろ」と「警告」を発している。

片や、「新型コロナは指定感染症2類相当ではない。インフルエンザと同じ5類だ」「民間病院の受け入れが少ない。政府がもっとお金を出せばいい」という声も「専門家」から多く聞かれた。街を歩けば、発熱患者を断ると宣言している診療所は時間どおりに開き、そして病院は空いている。「医療崩壊」はどこか遠くで起きていること。そんな思いを持つ人々は決して少なくないだろう。
20210302issue_cover200.jpg
取材を終えて思う。いずれの声や思いも等しく正しく、等しくポジションによるバイアスがかかっている、と。指定感染症の分類問題は、少なくとも「法的」には決着した。「新型インフルエンザウイルス等感染症」に位置付けたことが適切か否かはさらに議論が必要だが、すぐに答えが出せる問題ではない。医療関係者が損をしない短期的な報酬強化は必要だが、あるだけで解決するものでもない。ここで強調したいのは、今であっても、できることはある、ということだ。

感染拡大の第3波の日本において、「通常」の医療体制は完全に崩壊している。あらかじめ結論を示しておこう。「通常」の体制とは別の方法で医療を支えてきた人たちがいる。本レポートに登場する人々だ。彼らのリアルな実践は「通常」とは別の、現実的でかつベターな体制づくりのヒントを指し示す。

■Case1:「断れない病院」の奮闘

中村朗が「最悪」の知らせを聞いたのはテレビのニュースからだった。日付は2020年3月28日、土曜日の夜である。キャスターは千葉県北東部に位置する東庄町の障害者施設「北総育成園」で58人の新型コロナウイルスの集団感染、クラスターが発生したことを伝えていた。陽性者の中には知的障害や自閉症の患者も多く含まれていた。中村は国保旭中央病院で感染症科部長を務める医師である。程なくして、同じニュースを見ていた院長の野村幸博から中村のもとに電話がかかってきた。

「今の見た?」と短い質問から始まり、すぐに対応を協議した。ただのクラスターではない。最初期の大規模なクラスターであり、現場は障害者施設だ。彼らはひとまず県からの連絡を待つ前に、自分たちで状況を把握するべく動くことを決めた。

magSR210316_medical4.jpg

千葉県の旭中央病院では大規模クラスターへの対応や感染症全般への備えからコロナを「普通」の病気に落とし込むことに成功した(同病院の救命救急センター入り口) HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

旭中央は989床を有し、診療圏は東庄町を含む千葉県北東部、茨城県南東部まで約100万人が対象となる地域の基幹病院、かつ感染症指定医療機関である。連日ほぼ満床で、地域で起きた重大な疾患の患者は救急救命センターを有するこの病院に搬送される。ここは地域医療の最後の砦であり、診療を断ることは許されない。旭中央に初めて新型コロナウイルス患者が搬送されてきたのは昨年2月12日だった。彼らは軽症のまま回復していった。先立つ2011年には新病棟が建設され、呼吸器・感染症などの混合病棟にエボラ出血熱以外全ての感染症を治療するため陰圧室を6床、結核モデル病床4床を作っていた。彼らは平常時から結核患者の対応もしており、個人防護服(PPE)や医療用N95マスクの扱いにも慣れていたことも幸いした。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米当局、ホンダ車約140万台を新たに調査 エンジン

ワールド

米韓、同盟近代化巡り協議 首脳会談で=李大統領

ビジネス

日本郵便、米国向け郵便物を一部引き受け停止 関税対

ビジネス

低水準の中立金利、データが継続示唆=NY連銀総裁
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 2
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 7
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中