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アメリカ社会

トランプ政権最後の死刑執行、阻止に向け動いた人びとの苦闘

2021年1月20日(水)14時57分

木の下には、プラスチックの箱を積んだ2本の柱のあいだに、大きな黒い金属製の鐘が据えられている。しっかり叩けば2マイル先でも聞える、とバティスタさんは言う。執行が近づき、立会人を乗せた白いバンが刑務所の門に向かうと、抗議参加者は少し待ってから、交代で鐘を鳴らし続ける。

「私はひとりの人間としてここにやってきた。ここで誰も抗議しないまま、政府に人の命を奪わせるわけにはいかない」とバティスタさんは言う。

数時間後、道路の向こうでは、ジョンソン死刑囚の死亡が告げられた。

最後に鳴る鐘

15日に予定されたヒッグス死刑囚の執行時刻が迫ってきた頃、ヌアさんはホテルに戻った。茶のブレザーの内ポケットには、すり切れた小さなアラビア語のコーランが入っている。その朝、彼は収監者のもとを訪れ、これまで何度か電話やメールでやり取りしていたヒッグス死刑囚と初めて直接面会した。

「誰もがやがて死ぬ」とヌアさんはヒッグス死刑囚に語ったという。「だが、あらかじめ死ぬ時を知り、死を受け入れ、他の人々、そして主なる神と和解できる人が、どれだけいるだろうか。誰もがそのような機会に恵まれるわけではない」と続けた。

ヒッグス死刑囚の姉であるアレクサ・ケイブさんも、弟と面会した。以前は面会に訪れる金もなかったが、20年に及ぶ収監期間中、電話で言葉を交わすことは多かった。今回、28歳の息子とともに面会に来る費用は、クラウドファンディングで調達した。

「弟がどれくらいの背丈だったかも忘れていた」と彼女は言う。「おや、ひげがすっかりグレーになっている、と驚くばかりだった。たくさん微笑みかけたので、頬が痛いくらいだ」とも述べた。

死刑囚に占める黒人男性の比率は不つり合いなほどに高く、ヒッグス死刑囚もその1人だ。ケイブさんにとって憂うつなことに、執行予定日は故マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の誕生日だ。

米国の人口に占める黒人の比率は約13%だが、連邦裁判所による死刑宣告の40%以上は黒人だ。

ケイブさんは「私が生まれた頃から、その状況は変わっていない」と言う。彼女は着替えのために席を外す。刑務所に戻り、弟の運命を待つためだ。着替えてきた彼女は、「LOVE」という文字をあしらったベルトを締めている。

ノーラン氏もロビーに姿を現した。服装は変わっていないが、目は前日よりずっと赤くなっている。予定されていた執行時刻午後6時を10分ほど過ぎていた。「13件連続の13番目で、止めるのは難しい」と述べつつ「だが、ダスティン(・ヒッグス死刑囚)はまだ生きており、我々は戦い続けている」と語った。

約4時間後、連邦最高裁で過半数を占める保守派が、最後に残ったわずかな望みを断った。刑務所では立会人を執行室に運ぶ白いバンがエンジンを始動させた。ノーラン氏は、13件の執行を「前例のない虐殺」と非難する文書を書き終えた。まもなくメディア向けに配布されることになる。

駐車場では、バティスタさんをはじめとする抗議参加者が鐘を鳴らした。


Jonathan Allen(翻訳:エァクレーレン)

[ロイター]


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