最新記事

メルケル

メルケル演説が示した知性と「ガースー」の知性の欠如

2020年12月15日(火)12時52分
藤崎剛人(ブロガー、ドイツ思想史)

メルケルは、反知性主義的なヤジに対して「啓蒙の力を信じている」と返した。人々の自由が政治によって弾圧されていた東ドイツにあって、いかなる政治も干渉することができない自由な領域が、彼女にとっては物理学の世界だった。自分自身の経験を通して、メルケルはこの社会における科学的知見の重要性を語るのだ。

通俗的な反近代主義者やポスト近代主義者は、啓蒙主義の精神を批判しがちである。しかし、彼らがそれに代わって社会が拠って立つべき指針を示すことはほとんどない。

メルケルが見せた知性への誇り

前例のないパンデミックで国家が常態ではいられなくなったとき、問われるのは国家のアイデンティティだ。メルケル首相は、演説の中でドイツについて「強い経済」と「強い市民社会」をもった「民主主義」国家だと定義している。そして彼女にとって、そのような国家のアイデンティティの前提にあるのが啓蒙の精神、すなわち知を愛することなのだ。演説の中でも、教育や学術への支援を首相は強く訴えていた。

ヨーロッパは東アジアに比べてコロナの流行が激しい。そうした状況下にあって、ドイツの取り組みも他のヨーロッパ諸国と比べると優等生ながら、必ずしもすべての政策が上手くいっているわけではない。しかし、メルケルが知性に拠って立ち、議会において市民に対してコロナの流行と「戦う」気概を示したことは、国家の首班としてふさわしい振舞いだった。

私権の制限を伴うロックダウンは、自由で民主的な体制と必ず衝突する。もしロックダウンを行うのであれば、いかにそれが公正に行われるかを、政府はオープンな議論のもとで市民に示す必要がある。いかにパンデミックのような緊急事態であろうと、政府がアカウンタビリティ(説明責任)を果たそうとせず、強権的な政治を行うのならば、それは独裁への道だ。

「こんにちは、ガースーです」

11月中旬以降、日本でも新型コロナウイルスの「第三波」が到来している。比較的感染者数が少ない東アジアにあって、現時点での日本は感染者数が多い劣等生の部類に入る。北海道や大阪ではすでに医療崩壊が起こっている。そして東京の感染者数が初めて600人を超えた12月11日、菅義偉首相は「ニコニコ動画」の生放送に出演し、「こんにちは、ガースーです」と笑顔をみせた。コロナ対策に関して、人々の移動を促し、感染拡大の要因のひとつと指摘されている「GoToキャンペーン」について尋ねられると、一時停止は「まだ考えていない」と述べた。

「こんにちは、ガースーです(笑)」(1:07)から1週間も立たずに一転、GoTo一斉停止へ
今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ワシントンの州兵銃撃、1人が呼びかけに反応 なお

ビジネス

アングル:ウクライナ、グーグルと独自AIシステム開

ワールド

韓国大統領、クーパン情報流出で企業の罰則強化を要求

ワールド

豪政府支出、第3四半期経済成長に寄与 3日発表のG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 4
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 10
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中