最新記事

民主化

タイ政府、王室への不敬罪2年ぶりに適用へ 天下の宝刀抜き、反政府運動は新局面へ

2020年11月25日(水)20時09分
大塚智彦

これに対し現国王でプミポン前国王の長男であるワチラロンコン国王は、結婚と離婚を繰り返し愛人も抱え、愛犬に軍の階級を与えたり、上半身の入れ墨がみえる「タンクトップ」姿で1年の大半をドイツで生活するという「国民とはかけ離れた暮らし」ばかりが強調される存在だ。

こうした国王の姿が反政府デモで学生や若者から「王室改革」が要求の1つとして掲げられる大きな要因となっている。

伝家の宝刀、不敬罪の復活

プラユット首相などは「反政府の運動は理解できる面もあるが、王室には触れるな」とデモや集会に警告を与えていたが、「不敬罪」が実質的に約2年間適用されていなかったことから「国王批判」が急速に高まってきたのだった。

BBCなどは今回の「不敬罪復活」の背景には「ワチラロンコン国王による指示」があるとしているが、確認されていない。

プラユット政権は2年前の「不敬罪適用中止」も今回の「不敬罪適用再開」もいずれもワチラロンコン国王の意志によるとしているが、これもある意味「国王の政治的利用」にすぎないのではないか、との批判も一部ではでている。

いずれにしろタイの反政府運動は政府が「不敬罪」という「伝家の宝刀」を抜いたことで新たな局面に入ったことは確実といえるだろう。

不敬罪をめぐる裁判は基本的に非公開とされ、長期刑という厳しい求刑に直面する。こうした事態にデモや集会の主催者や参加者がどこまで対応し、今後の反政府運動がさらに先鋭化して治安部隊との流血の対決という事態にまで発展するのかが最大の焦点になるだろう。

すでに反政府デモは警察部隊と放水・催涙弾による衝突、さらに王室支持派とも小競り合いを繰り返しており、終着点の見えない運動となっている。

最近は「国王・王室への直接的批判」という危険水域にデモ隊参加者などが入ったことが、プラユット政権による「不敬罪復活」に踏み切った最大の要因とみられている。

それだけに反政府運動側が要求の中から「王室改革」を取り下げるかどうかも注目となる。

王室支持派は「反政府デモ参加者はタイ王室の廃止を主張している」と批判するが、反政府デモ隊の学生や若者、主催者らは「タイ王室の廃止など求めていない。あくまでも国民主体の王室改革を求めているだけである」としており、このあたりの「論点整理」も喫緊の課題となってくるだろう。

間違いのないことは、今回の「不敬罪復活」でタイ情勢は一気に混迷の度を深め、社会全体の緊張度がこれまで以上に高まっているということだろう。ますますタイから目が離せなくなってきた。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで

ビジネス

米3月建設支出、0.5%減 ローン金利高騰や関税が

ワールド

ウォルツ米大統領補佐官が辞任へ=関係筋
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 7
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中