最新記事

パンデミック

中南米でコロナ禍の貧困が拡大 破れる中産階級の夢

2020年10月13日(火)11時07分

貧困は2005年の水準へと急激に逆戻りしつつある。

多くのエコノミストは、今回の危機によってラテンアメリカが長年に渡る弱点を放置してきたことが露呈した、と指摘する。つまり、鉱業や農業など生産性の低いセクターへの依存、労働者の公式雇用への移行を促進しなかったこと、少数のエリート層に集中した富を再配分するための実効性ある税制の欠如といった問題だ。

アルゼンチンのフェリペ・ソラ外相は先日のG20会合で、「世界をいっそう脆弱なものにしてきた不公平と格差に対する我々の取組みを促す警告として、今回の危機を活かすべきだ」と述べた。

国際非政府組織(NGO)オックスファムの地域担当ディレクターを務めるアジェ・エルナンド氏によれば、今回のパンデミック(世界的な感染拡大)により、貧困層が5200万人増加し、新たに4000万人が職を失った可能性があるという。特に深刻な影響を受けているのが、女性と先住民である。

「セーフティネットがない。いったん落ちれば、どこまでも落ちていく」とエルナンド氏。「これによって、この地域における社会的合意が崩壊し、何年にもわたって大規模な社会対立に繋がりかねない」

昨年は複数のラテンアメリカ諸国で抗議行動が発生したが、このパンデミックを機に、食糧不足や不平等、国家による支援の不足などがさらに注目を集めるようになっている。

チリでは2019年、抗議行動が暴動へと発展したが、今回の景気後退により怒りが再燃している。ペルーでは、中小企業への支援が不足していたとして議会が大統領・経済担当大臣の解任を求めた。ベネズエラではCOVID-19以前から貧困状況が悪化しており、欠乏状態に対する抗議が強まっている。

貧しさが感染を拡大

新型コロナウイルス感染がラテンアメリカに広がるまでに時間はかかったが、影響は深刻である。

いまや感染者数の世界上位10カ国のうち、5カ国はラテンアメリカ諸国であり、世界の総人口に占めるシェアがわずか8%であるにもかかわらず、パンデミックによる死者では世界の34%を占めている。

その原因の1つとして疫学者たちが挙げるのが「貧困」である。

国際労働機関(ILO)によれば、労働者のうち最大58%が非公式セクターで働いており、その多くは、感染したからといって隔離を受け入れれば食費にも事欠いてしまう。

国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)によれば、この地域の企業の20%近い約270万社が事業を閉鎖する見込みだ。ILOは、すでに3400万人が失職していると述べている。

失業手当の受給資格がある労働者の比率は、北米・欧州の44%に対し、ラテンアメリカでは12%にすぎない。

そのため多くの自営業者や新興の起業家たちは厳しい状況に直面しており、何年にもわたって成長が阻害される可能性がある。

ペルーの首都リマで衣料品店を営む36歳のグッドニー・アイキパさんは、「この2カ月、娘の授業料を払えないでいる」と話す。

アイキパさんの両親は田舎から出てきて露天商として働いていた。だがアイキパさん自身は、自分の家を建て、娘が通う私立学校の学費を払い、休暇を楽しむこともできるようになった。自動車を購入する予定もあった。

だが、ペルーでは人口あたりの新型コロナによる死者数が世界でも最悪となり、アイキパさんはTシャツ販売店を畳まざるをえなくなった。「電気代、水道代も1カ月滞納している。店の家賃に充てる分を食費に回した」と彼女は言う。

ECLACのアリシア・バルセナ事務総長によれば、新型コロナ以前でも8割の人々が貧困ラインの3倍以下の収入で暮していたが、失業という点で最も厳しい打撃を被ったのは最貧層だったと話す。

「こうした人々がきわめて脆弱な状況に置かれているなかで、中産階級に目を向けるのは非常に困難だ」とバルセナ氏は言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CPI、4月は前年比+2.3%に鈍化 前月比0.

ワールド

ウクライナ大統領、プーチン氏との直接会談主張 明言

ビジネス

ソフトバンクG、1―3月期純利益5171億円 通期

ビジネス

日産、再建へ国内外の7工場閉鎖 人員削減2万人に積
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映った「殺気」
  • 3
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王子との微笑ましい瞬間が拡散
  • 4
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 5
    「出直し」韓国大統領選で、与党の候補者選びが大分…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 8
    「がっかり」「私なら別れる」...マラソン大会で恋人…
  • 9
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 10
    ロシア艦船用レーダーシステム「ザスロン」に、ウク…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 9
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中