最新記事

誤解だらけの米中新冷戦

中国とのライバル関係を深刻に扱うべきでない理由

STAY CALM ABOUT CHINA

2020年9月16日(水)19時00分
アナトール・リーベン(ロンドン大学キングズ・カレッジ教授〔政治学〕)

習近平主席率いる中国は東西冷戦期のソ連のように扱われているが…… NOEL CELIS-POOL-REUTERS

<現在の中国との競争は、国家や体制の存続を懸けた米ソ冷戦とは全く別物──どちらかの体制を倒せば解決するものではなく、過剰反応すれば禍根を残す。本誌「誤解だらけの米中新冷戦」特集より>

現実的に国際関係を考える上で肝要なのは、死活的な国益とそこまで重要ではない国益の弁別だ。死活的な国益とは国家存続の脅威への反撃であり、外国による征服のほか、国内では政府転覆の動きへの対処といった形を取り得る。東西冷戦期においては、ソ連が世界各地で、そしてアメリカもソ連とその同盟国に対し、相手国の政治体制やイデオロギーに基づく秩序を破壊しようという戦略を用いていた。
20200922issue_cover200.jpg
それに比べて現代のアメリカと中国のライバル関係は、互いの存続を懸けた激しい戦いとは言えない。そしてアメリカにとって肝要なのは、中国とのライバル関係をそんなふうに深刻な問題として扱わないことだ。「新冷戦」というのはマスメディアの安っぽい決まり文句だが、真の危険をはらむ言葉でもある。米中の地政学的競争は米ソのそれとは根本的に異なる。しかしアメリカの政治や外交を担うエリート層が米中の競争を「冷戦」という言葉でくくるとするなら、アメリカにも世界にも深刻な影響を与えかねない。

米ソの冷戦はそもそも、ソビエト革命の拡大という脅威と、ヨシフ・スターリン政権の残酷な性質に端を発していた。だが一方でアメリカ側の想像の産物でもあったし、アメリカがその想像に基づいて行動を取ったという側面もあった。これによりアメリカの政治や文化、公共的モラルが被ったダメージは大きかった。

国家と国家が(内部からか外部からかを問わず)相手を滅亡させるぞと互いを恫喝しているなかで平和な時期が訪れたとしても、それは武装解除なしの一時的な停戦のようなもので、常に軍事的・イデオロギー的な総動員体制が求められることになる。このため対外的には緊張、国内的には抑圧が続き、関係国全てで狂信的な考えやヒステリックな過剰反応、陰謀論的な思考といったものがはびこってしまう。

世界標準と比べれば、米英戦争末期の1815年のニューオーリンズの戦いでイギリス軍を撃退して以来、アメリカが真の意味で他の大国からの存続に関わる脅威にさらされたことはなかった。以来、2つの大洋と、近隣諸国の軍事・経済的な弱さに助けられ、アメリカは例外的な安全を享受してきた。

東西冷戦期においても(核兵器を別にすれば)、アメリカが存続に関わる本物の脅威に直面したとは言えない。共産主義者が国外からもしくは国の内部からアメリカを乗っ取る可能性など全くないに等しかった。

真の脅威だったのは最初だけ

もっとも冷戦の初期には、共産主義のイデオロギーとソ連の軍事力はアメリカの主要同盟国にとって脅威だと信じるに足る理由があった。ソ連および東ヨーロッパ諸国におけるスターリン主義政権は邪悪で恐るべきものだった。また、第2次大戦後の西ヨーロッパの経済的混乱は、共産主義者にとっては政権奪取のチャンスも同然だった。1945年当時、ソ連軍は地上で最も強大な陸軍だった。そして1949年には中国でも共産主義革命が起きた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中