最新記事

新型コロナウイルス

コロナ対策に成功した国と失敗した国を分けたもの──感染症専門家、國井修氏に聞く

2020年9月10日(木)18時50分
小暮聡子(本誌記者)

――日本ではPCR検査数が他国のように増えていないことが問題視されている。人口100万人当たりの検査数は世界の国・地域のうち151位だ。國井さんが「成功」として挙げた国では検査が拡充していたこともプラスに働いているようだが、日本が早期に検査を拡充できていれば、より感染者数を減らし、死者数を減らすことにつながったのだろうか。

感染症によって、その収束には検査が必須のものとそうでないものがある。たとえばHIV対策では、検査陽性であれば薬を服用して自らの延命や他人への感染予防につなげられるため、特にリスク集団では誰もが検査できるような体制を作ることは重要だ。

しかし、インフルエンザでは検査の精度がそれほど高くなく、また治療薬も検査で陽性となってから服薬してもそれほど効果的とは言い難い。感染しているのに検査で陰性と出て、それによって安心して熱があるのに働き続けたり、効果的でない治療薬をもらうために医療機関を受診して長い間待たされたり、他の患者にうつしたりする方がかえって問題である。

治療薬やワクチンが存在しない中、新型コロナはインフルエンザと同様、軽度の症状であれば積極的に検査をするよりも、他人にうつさないようにして、自宅で安静にしていたほうがよいと私は考えている。

ただし、必要な人に対して検査ができないことは問題であり、検査体制自体は戦略的に拡充すべきである。容易に検査できるようになれば軽症や無症状の感染者も報告されるため、感染者数は見かけ上増える。検査のために医療機関を多くの人が訪れることで院内感染を助長したり、軽症の検査陽性者が多く入院することで医療機関の負担を増やしたりして、逆に死者数が増える可能性もあるので、注意が必要だ。

検査を拡充する上では、誰を優先して検査するか、いかに院内感染や医療機関への負担を増やさないようにするか、無症状・軽症者をどのようにフォローアップするか、など様々なことを検討し、対策を考える必要がある。

――日本は公的機関が検査の質を担保することを重視したことも、検査数が増えなかった一因であるようだ。他国では民間を使って検査の質を担保できなくなるリスクと、検査を拡充することのプラス面をどう天秤にかけているのか。また、他国では偽陰性が30%出ることのリスクにどう対応しているのか。

民間だから質が低い、政府だから質が高いというわけではない。アメリカは世界保健機関(WHO)が承認した民間の検査キットを使わず、米疾病対策センター(CDC)が独自に検査キットを開発したが、それに欠陥が見つかり、多くの検査結果が判定不能となり、感染が拡大した理由のひとつともいわれている。

一方、既に話したように、韓国のバイオテクノロジー企業の検査キット開発は早く、1月20日に韓国で最初の感染例が報告された時には承認待ちだった。韓国では複数の民間企業が検査キットを開発したが、その精度はよかったようで世界から注文が殺到し、4月時点で100カ国以上に輸出していたという。

もちろん、政府による質保証、精度管理は重要だ。イギリス政府が大規模検査をするため、中国企業を含む9社に発注した家庭用抗体検査キットはすべて基準を満たさず、1750万個が無駄になったという。さらに、イギリスで一般市民向けに販売された41の抗体検査を分析したところ、その3分の1に問題があったらしい。

どんなに精度がよくても、PCR検査は感染した人を陰性としてしまう確率が3割ほどあるといわれている。その理由は、綿棒などで拭った場所にウイルスがいない、ウイルスがいても採取技術が悪く検体が取れないことがあるからである。さらに、ウイルスの遺伝子は不安定で分解されやすいため、検体の採取・保管から輸送・分析のどこかの過程で、温度管理が不十分だったり、不純物が混入したりすると陽性にならないこともある。

検査で陰性だからといって安心してしまい、かえって感染を広げてしまう危険性もある。したがって、検査キットの精度のみならず、その検体採取から保管・輸送・分析に至るすべての過程で標準作業手順書やマニュアルを作り、人材育成をするなど、その質保証、精度管理を徹底する必要がある。

緊急時に精度管理を徹底しながら迅速に進めるには、それ以前の準備が必要だ。今回のような危機を想定して真剣に準備していた国とそうでない国とで差が出たと思う。質を確保しながらも迅速に検査体制を拡充することは不可能ではない、というより、将来に向けて、そのような準備をしなければならない。

<関連記事:西浦×國井 対談「日本のコロナ対策は過剰だったのか」
<関連記事:緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中閣僚貿易協議で「枠組み」到達とベセント氏、首脳

ワールド

トランプ氏がアジア歴訪開始、タイ・カンボジア和平調

ワールド

中国で「台湾光復」記念式典、共産党幹部が統一訴え

ビジネス

注目企業の決算やFOMCなど材料目白押し=今週の米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 6
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 7
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 8
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中