最新記事

経済

ラディカル・マーケットとは何か?──資本主義を救う「急進的な市場主義」という処方箋

2020年8月24日(月)11時40分
安田洋祐(大阪大学大学院経済学研究科准教授)※アステイオン92より転載

実は、COSTの発想自体は、完全に著者たちのオリジナルというわけではない。シカゴ大学の経済学者アーノルド・ハーバーガーが、固定資産税の新たな徴税法として同様の税制を1960年代に提唱しており、彼の名前をとって「ハーバーガー税」とも呼ばれているのだ。その源流は、一九世紀のアメリカの政治経済学者ヘンリー・ジョージの土地税にまで遡ることができる。ただし、適切に設定された税率を通じて、所有者に正直な申告インセンティブを与えられることや、配分効率性の改善がそれによって損なわれる投資効率性と比べて十分に大きいことなどを示したのは、著者たちの大きな貢献である。本書は、大胆な構想と洗練された最先端の学術研究によって、ジョージ主義やハーバーガー税を現代によみがえらせ、土地をはじめ様々な財産に共同所有への道筋を切り拓いた、と言えるだろう。

現代版のハーバーガー税であるCOSTは、果たして資本主義を救うラディカルな処方箋となり得るのだろうか。社会実装のためには、次の三つの点に注意すべきだと評者は考える。

1.予算制約
租税するための現金が不足している場合に、所有者にとって価値のある財産であってもその評価額を自己申告できず、大切な財産を失う危険性がある。COSTを導入する際は、資産家や大企業が主な対象となる財産に絞った方が良いかもしれない。

2.複雑性
最適な自己評価額を見い出すためには、財産に対する需要予測をもとに、戦略的・合理的な計算が求められる。個人よりも企業の方がこうした複雑性に対処しやすい。

3.取引費用
財産の所有権を滞りなく移転するためには、人的・物的な費用がかかる。有形資産と比べて取引費用の小さい無形資産の方が、COSTの適用には向いているだろう。

以上の注意点を踏まえると、COSTは、

・予算制約や複雑性に対処しやすい大企業を対象に
・取引費用が生じにくい無形資産などを割り当てる

ような問題に活用しやすい、という特徴が浮き彫りになる。たとえば、通信事業などで使われている電波周波数帯の利用免許などが有力な適用例として考えられるだろう。ただし、ビジネスの継続に欠かせない事業免許などにCOSTを適用する場合には、次のような「生産財市場の独占化」にも注意しなければならない。

いま、二つの企業が同じビジネス分野で競争しており、事業を行うためにはお互いがそれぞれ所有している事業免許が欠かせないとしよう。ここで、ライバルの免許を獲得すれば自社による一社独占が実現できるため、高い金額で相手の免許を買い占めるインセンティブが生じる。この単純な例は、免許の所有権がCOSTによって円滑に移転することで財産市場の独占問題は解消されるものの、その財産を必要とする生産財市場において独占化が進んでしまう危険性を示唆する。こうした問題を排除するために、割り当て可能な無形資産の一社当たりの上限数・上限シェアといったルールを補完的に設ける必要がある。逆に言えば、こうした補完的なルールを組み合わせて、上述した問題点にうまく対処していけば、COSTを実装できる領域は十分に見つかるだろう。

たとえ現代の経済が多くの問題を抱えているからといって、一足飛びに資本主義を否定するのは早計だ。市場は確かに失敗するが、政府もしばしば失敗し、時に深刻な帰結を招くことは歴史が明らかにしてきた。ポピュリズムや反知性主義が世界中で台頭する中で、専門家として経済の仕組みを根本から考え抜き、しかも過激な処方箋を提示した著者たちの知性と勇気を何よりも称えたい。根本的に考え、過激に行動する。この姿勢こそが、資本主義を救う鍵を握っているに違いない。

安田洋祐(Yosuke Yasuda)
1980年生まれ。東京大学経済学部卒業。米国プリンストン大学で博士号取得。政策研究大学院大学助教授を経て、現職。専門はゲーム理論、産業組織論。主な著書に『学校選択制のデザイン――ゲーム理論アプローチ』(NTT出版)、『改訂版 経済学で出る数字――高校数学からきちんと攻める』(日本評論社)など。

当記事は「アステイオン92」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



アステイオン92
 特集「世界を覆う『まだら状の秩序』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

20200901issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年9月1日号(8月25日発売)は「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集。人と物の往来が止まり、このまま世界は閉じるのか――。11人の識者が占うグローバリズムの未来。デービッド・アトキンソン/細谷雄一/ウィリアム・ジェーンウェイ/河野真太郎...他

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシア、340億ドルの対米投資・輸入合意へ 

ワールド

ベトナム、対米貿易協定「企業に希望と期待」 正式条

ビジネス

アングル:国内製造に挑む米企業、価格の壁で早くも挫

ワールド

英サービスPMI、6月改定は52.8 昨年8月以来
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 10
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中