最新記事

東南アジア

インドネシア軍、パプア山間部で親子を殺害 武装組織メンバーと弁明するも真相は?

2020年7月23日(木)18時01分
大塚智彦(PanAsiaNews)

「2人は武装組織の一員」と軍は殺害正当化

7月21日に地元ンドゥガ県を管轄する陸軍司令部のグスティ・ニョマン・スリアスタフ大佐はメディアに対して「殺害された2人は治安当局が以前から武装組織と関係があるとしてマークしていた人物であり、客観的な証拠から武装勢力メンバーであると思慮できる蓋然性もあり、止むを得ない発砲だった」と発砲、殺害は正当な行為だったと説明している。

軍の発表によると、殺害された2人の所持品からは回転式拳銃や斧、鉈などの武器類とともに現金約950万ルピア(約7万5000円)、携帯電話が押収された。この携帯電話は約1カ月前に盗まれた陸軍兵士の所持品だったことが製品ナンバーから確認されたとしている。

こうした証拠に加えて以前から武装組織メンバーとしてマークしていた人物であることなどを射殺正当化の理由としているが、検問所の中で尋問中に一体何があり、どうして射殺にいたったかなどの詳しい経緯については軍も明らかにしていない。

ンドゥガ県で続く衝突で住民は避難

今回事件のあった山間部のンドゥガ県は2018年12月にジョコ・ウィドド大統領の看板政策であるインフラ整備の一環として建設中だった「トランス・パプア道路」の工事現場で作業員が武装勢力に襲撃されて19人が死亡する事件以来、治安部隊と武装勢力による衝突が続いている地区だ。

2019年3月には同県イギ地区で移動警戒中の陸軍部隊25人が待ち伏せ攻撃され、銃撃戦の末兵士3人、武装勢力側7人が死亡する事件も起きている。

この時の衝突などを契機に治安当局は同県に600人の要員を増派して、武装組織メンバーの捜索、掃討作戦を続けている(関連記事:「インドネシア、パプアの戦闘激化で国軍兵士600人増派 治安維持に躍起」)。現地は外国報道陣だけでなくインドネシア関係者の立ち入りも「安全上の理由」として厳しく制限され、武装勢力の情報交換や連絡阻止と称して携帯電話やインターネットなどの通信制限が頻繁に当局によって実施され、現地の情勢が外部に伝わりにくい状況が続いている。

軍や警察など治安当局の一方的な発表、情報をマスコミなどが独自に確認、検証する手段が極めて限定されているため、治安当局者による不当逮捕や暴力・殺害行為を含めた人権侵害が深刻化しているとの情報が以前から根強くあることも事実だ。

治安部隊が増派されたンドゥガ県では2018年12月以降治安状況が極端に悪化したため、多くの住民が隣接のジャヤウィジャヤ県に避難した。しかし、パロ、コンガロ、そしてセル氏親子の出身地であるヤルなどの村の住民は避難経路の安全が確保されずに危険なため、山間部のジャングルに身を寄せ、そこでの生活を余儀なくされていたという。

こうしたジャングルでの避難生活は十分な食料調達や病気治療が難しいことからパプア人の多数が避難生活中に命を落としているとの報告がある。

パプアでの人権問題を扱う団体などの報告によると、道路建設作業員が多数殺害された2018年12月から2019年7月までの間に飢えや病気で死亡したパプア人避難民は182人に上るという。その一方で地元政府などは同期間の死亡者は子供23人を含む53人であるとし、数字には大きな違いが生じている。


【話題の記事】
・東京都、23日のコロナウイルス新規感染366人で過去最多に 緊急事態宣言解除後の感染者が累計の過半数超える
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・がんを発症の4年前に発見する血液検査
・インドネシア、地元TV局スタッフが殴打・刺殺され遺体放置 謎だらけの事件にメディア騒然

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、公共放送・ラジオ資金削減へ大統領令 偏

ビジネス

英スタンチャート、第1四半期は10%増益 予想上回

ワールド

インドネシアCPI、4月は+1.95% 8カ月ぶり

ビジネス

三菱商事、今期26%減益見込む LNGの価格下落な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 6
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 9
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中