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コロナ騒動は「中国の特色ある社会主義」の弱点を次々にさらけ出した

2020年7月23日(木)11時20分
近藤大介(ジャーナリスト) ※アステイオン92より転載

コロナウイルスで大打撃

さて、ここからの経緯は、詳細な説明は不要だろう。二〇二〇年一月二〇日、習近平主席は新型コロナウイルスに対する緊急措置を取ると発令。三日後には一一〇〇万都市の武漢が「封城(フェンチェン)」(封鎖)された。中国国内の感染者数はたちまち八万人を超え、死者の数は三〇〇〇人を超えた。一四億中国人にとって今年の「春節」(一月二五日の旧正月)は、後世に残る「悪夢の日」となった。

新型コロナウイルス騒動は、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義」の弱点を、次々にさらけ出した。未知のウイルスが蔓延していることを警告した武漢の李文亮医師が、流言飛語拡散の罪で公安に断罪され、コロナウイルスに罹って死去した。これによって「憲法第三五条で保障された言論の自由を認めるべきだ」という運動が起こった。

習近平主席は、「自ら指揮して、自ら手配する」と宣言したが、実際にはウイルス対策を李克強首相に任せきりにして、中南海に蟄居してしまった。そのことに批判が高まると、二月一〇日になってようやく「北京視察」に出た。

ところが「皇帝様」である習主席は、北京市民に対しても、テレビ電話で繋がった武漢の医師たちに対しても、「上から目線」を貫いた。多くの中国人は、二〇〇三年のSARS騒動の時、胡錦濤主席と温家宝首相が、マスクも付けずに病室に慰問に訪れ、患者たちの手を取って語りかけていた「患者目線」の姿を記憶している。

また、武漢市や湖北省の地方自治体の無能ぶりも露呈した。前述のように、中央であれ地方であれ、政治家や官僚たちに求められるのは、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想の学習」であり、習主席の日々の「重要講和」を忠実に実行することだ。そのため、現場での対応が後手に回ったのである。

こうしたことが重なって、新型コロナウイルス騒動は、習近平主席の「岩盤支持層」である庶民層(中国語で言う「老百姓(ラオバイシン)」)を直撃した。

習近平政権下で、二〇一二年以来の「八項規定」で摘発したのは幹部たちであり、二〇一五年夏の株式暴落の時、損をしたのは富裕層や中間層だった。また、二〇一八年以来のアメリカとの貿易摩擦でも、打撃を受けたのは主に企業経営者だった。だが今回ばかりは、習主席の岩盤支持層である庶民層が犠牲になったのである。中国の経済的損失や、国際的な信頼失墜も計り知れなかった。

それでも三月一〇日になって、習主席は「反転攻勢」に出た。「封鎖」から四七日目にして、ついに武漢を視察したのだ。その様は、まさに「習近平時代の社会主義方式」と言えた。

武漢の空港に降り立つと、まずは千床の病床を急ごしらえした火神山医院に駆けつけた。そして病院のロビーで、テレビ画面の向こうに立ち並んだ医師たちに向かって、説教を始めた。使っていたマイクも、習主席から約一メートル離れて置かれていた。

次に、画面越しの八一歳の重症患者の老夫に向かって、「武漢必勝! 湖北必勝! 全中国も必勝!」と拳を振り上げた。続いて病院の車寄せに立ち、病院幹部らと距離を置いて、再び説教を始めた。直立不動の幹部たちは時折、機械仕掛けの人形のように一斉に拍手する。

習主席はその後、三二人の感染者を出した東湖新城社区のマンション群に入り、社区の幹部やボランティア一〇人ほどを遠くに座らせて、三たび説教。場所を会議室に移して、湖北省と武漢市の幹部たちを離れて座らせながら、四度目の説教(重要講話)を述べたのだった。

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