最新記事

国際情勢

すばらしい「まだら状」の新世界──冷戦後からコロナ後へ

2020年6月1日(月)16時35分
池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)※アステイオン92より転載

「まだら状」の秩序は中東やイスラーム圏にのみ限定されるものではない。オスマン帝国やペルシア帝国と並んで前近代のユーラシアの秩序を形成していたロシア帝国の周辺領域もまた、秩序が「まだら状」になりやすい条件を備えていると考えられる。これについては廣瀬陽子(慶應義塾大学教授)に「南コーカサスにおける非民主的な「安定」」を寄稿していただいた。さらに、清水謙(立教大学助教)「変わりゆく世界秩序のメルクマール―試練の中のスウェーデン」が示してくれているように、自由主義や民主主義の理念が最も安定して実現していると考えられてきた北欧にも、内なる動揺は忍び寄っているようである。岩間陽子(政策研究大学院大学教授)による「権威主義への曲がり角?―反グローバリゼーションに揺れるEU」と、近藤大介(ジャーナリスト)「習近平の社会思想学習」によって、特集の視野は全世界に及んでいる。

コロナの夜が明けた後の「すばらしい」世界秩序

冷戦後の秩序に染み出してきた斑点のような、変質の兆しを各地の政治の現実から読み解く本特集をどうにか編み終えた時、新型コロナウイルスの爆発的伝播によりグローバル化は急停止し、近代初期か、あるいはそれ以前の状態にまで巻き戻された。国境は閉ざされ、国家はその国民を呼び戻し、グローバルな移動の自由を享受していた人々は不意にその国籍と登録居住地に縛り付けられた。そこに民族の一体感や連帯感は乏しい。国民を呼び戻した国家は、慌ただしく「点呼」するかのように人々を数えるが、その後集団として動員するのではなく、分断し、隔離する。人々はそれぞれの部屋に閉じこもり、人と人との繋がりを極限まで断つことを求められている。公衆衛生のために、人々の私的自由と権利は大幅に制限された。

コロナの夜が明けた時に、世界秩序はどう変わっているのだろうか。グローバル化のインフラに乗って、ウイルスという斑点が急激に現れ、繋がって世界を覆った過程を、われわれはまだ正確に追えていないし、その当面の帰結を飲み込めていない。長期的な帰結についてはなおさらだろう。世界が一変するその直前に、「まだら状の秩序」を凝視する作業によって変化の片鱗を見出そうとしていたわれわれの営為は、危機が去った後に、どのように見えてくるのか。本誌が刊行され、どれだけの時間をかけてでも、いつか読者の目に届いた時に、世界はどう見えているのだろうか。新しい世界が「すばらしい」ものであることを祈っている。

池内恵(Satoshi Ikeuchi)
1973年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。国際日本文化研究センター准教授、アレクサンドリア大学(エジプト)客員教授東京大学先端科学技術研究センター准教授を経て、現職。専門はアラブ研究。著書に、『現代アラブの社会思想』(講談社)、『アラブ政治の今を読む』(中央公論新社)、『書物の運命』(文藝春秋)、『イスラーム世界の論じ方』(中央公論新社、サントリー学芸賞)など。

当記事は「アステイオン92」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



アステイオン92
 特集「世界を覆う『まだら状の秩序』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米東部の高齢者施設で爆発、2人死亡・20人負傷 ガ

ワールド

英BP、カストロール株式65%を投資会社に売却へ 

ワールド

アングル:トランプ大統領がグリーンランドを欲しがる

ワールド

モスクワで爆弾爆発、警官2人死亡 2日前のロ軍幹部
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中