最新記事

米軍

新型コロナ感染SOSを発した空母艦長を解任──生命より規則を優先する米軍

2020年4月6日(月)18時10分
ウィリアム・アーキン(ジャーナリスト、元陸軍情報分析官)

空母セオドア・ルーズベルトは現在、グアムに寄港中 NGUYEN HUY KHAM-REUTERS

<空母セオドア・ルーズベルトを下船するクロージャー艦長に何百人もの乗組員は拍手喝采。米軍が守ったのは、現場の隊員ではなく「秘密主義」のほうだった>

米原子力空母セオドア・ルーズベルトの乗組員がフェイスブックに投稿した動画は、同艦のブレット・クロージャー艦長の解任について軍高官と現場の隊員たちの認識の違いをあらわにした。

動画には、何百人もの乗組員が甲板を埋めて、艦長の職を解かれて下船するクロージャーに盛大な拍手を送ったり、歓声を浴びせたりする様子が映っている。「これこそ部下思いの史上屈指の偉大な艦長を見送るのにふさわしい方法だ」と、動画のナレーションは述べている。

米海軍がクロージャーを解任した建前上の理由は、艦内での新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に注意を喚起し、対策を求める書簡を広範囲に送付するという「極めて稚拙な判断」をしたことだ。

「それにより、同艦がいざというときに出動可能なのか疑念が生まれてしまった」と、トーマス・モドリー海軍長官代行は述べている。「隊員の家族の間で隊員の健康に対する不安が高まった」

書簡の内容は、サンフランシスコ・クロニクル紙に掲載された。それによると、クロージャーは4800人の乗組員を守るための隔離と治療を主張。そうした措置を行わなければ、艦内で新型コロナウイルス感染が急速に拡大すると警告した。

部下の健康と安全についての不安を公にしたクロージャーが解任された背景に、政府上層部からの政治的な圧力が働いたとしても不思議でない。しかし、今回の出来事は、厳格な規律と秩序を重要視する軍特有のルールを浮き彫りにするものでもある。

軍とはそのような組織なのだ。実際、規則違反を理由に司令官の職を解かれた上級将校は、今年に入ってから既に10人に上る。

国防総省上層部はこの2週間ほど、米軍内の新型コロナウイルス感染状況について新しい詳細情報を公表しない方針を徹底していた。隊員の家族から幹部まで誰もが沈黙を命じられていた。新型コロナウイルスが米軍内で広がっているのに、米軍から出てくる情報量は大幅に減っている。

書簡の中でクロージャーは、いま部下の安全を優先させるべき理由として「現在は戦争中ではない」ことを挙げた。しかし皮肉な話だが、戦争中ではないからこそ艦長を解任されたのだ。平時の軍は、厳格な上下関係と指揮命令系統を守り通そうとする。

内部の問題を組織外に公表したクロージャーの行動は、軍隊においては「大罪」にほかならない。軍はそのような行為を決して許さない。戦時に備え、平時に規則と指揮命令系統の重要性を肝に銘じさせるためだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、国民向け演説で実績強調 支持率低迷の中

ワールド

ドイツ予算委、500億ユーロ超の防衛契約承認 過去

ビジネス

「空飛ぶタクシー」の米ジョビ―、生産能力倍増へ 

ビジネス

ドイツ経済、26年は国内主導の回復に転換へ=IMK
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中